渇仰の残響、あるいは聖女の重力
「……一ノ瀬、外のノイズが大きくなっている。君の波形を待ち望む『声』が、世界OSのバッファを埋め尽くそうとしているんだ」
佐藤くんの指先が、流れるような速度で警告アラートを処理していく。
昨夜行った「射精障害」への直接介入は、医学的な成功を遥かに超え、社会現象という名の「暴動」に近い何かを誘発していた。
ネットワークを通じて私の精神波に触れた男性たちは、肉体の機能を取り戻した歓喜の後に、耐えがたい「喪失感」に襲われていた。
彼らにとって、現実の静寂はもはや耐えがたい苦痛であり、私の波形が流れる数分間だけが、唯一の「生の実感」となってしまったのだ。
「……佐藤くん。……私、怖い。……モニターの向こう側に、数えきれないほどの『眼』を感じるの。……みんな、私を食べてしまおうとしているみたい」
私は、調整用ポッドの冷たい縁を指が白くなるほど強く握りしめた。
私の情動を信号化して世界に撒き散らすたび、私は自分という個体が削られ、希釈され、巨大な飢餓感の海に飲み込まれていく感覚に陥る。
それは、かつて祈りを捧げていた「聖女」が感じていた崇高な使命感とは対極にある、剥き出しの「執着」の重圧だった。
「……当然の帰結だ。君の波形は、彼らの脳にとっての『北極星』になった。……一度その光を知った者は、もう暗闇の中を歩くことはできない」
佐藤くんは、私の震える肩を抱き寄せた。その腕には、彼自身もまた、この依存の連鎖から逃れられないという絶望的なまでの独占欲が込められていた。
彼もまた、私の管理者でありながら、私の放つ「毒」に最も近くで曝露し続けている共犯者なのだ。
その時、ラボのモニターに高城さんの顔が割り込んできた。
彼女の背後には、混乱する都市のライブ映像が映し出されている。
「……佐藤、一ノ瀬。……あんたたちが始めたこの『救済』、もう限界よ。……処方を受けられない連中が、サーバーセンターを襲撃し始めている。……彼らは『聖女の声を聴かせろ』と叫んで、自らの命を投げ出そうとしているわ」
高城さんの声には、いつもの傲慢さはなく、ただ制御不能な事態に対する恐怖が混じっていた。
世界OSが管理する平和な秩序は、一ノ瀬という「究極の快楽」への飢えによって、内側から食い破られようとしていた。
「……高城、黙っていろ。……これは、古い世界の『死』と、新しい世界の『産声』だ」
佐藤くんは冷酷に通信を遮断した。
彼は、窓の外で燃え上がる混乱を見つめながら、私をより深く、より逃れられないように抱きしめる。
「……一ノ瀬。……もう、誰も戻れない。……君が世界を癒やすたびに、世界は壊れていく。……でも、その壊れた欠片を集めて、僕たちだけの国を作ればいい」
彼の言葉は、燃える街を背にした静かな狂気だった。
私たちは、救世主の顔をしながら、一歩ずつ、世界を心中へと連れ去っていく。
指先の銀色のリングが、暗い部屋の中で不吉なほど美しく輝いていた。




