浄化の代償、あるいは依存の萌芽
「……一ノ瀬、バイタルが限界値に近い。一度同期を切れ」
佐藤くんの鋭い声が、白濁した意識を現実へと引き戻した。
私の神経網から世界OSのプラグが引き抜かれると、数秒前まで全身を駆け巡っていた数万人分の「肉体の解放」の残響が、虚脱感となって押し寄せた。
私の能力を介した治療――「聖女の処方」は、世界に爆発的な反響を巻き起こしていた。
ネットワークの先で、長年絶望の淵にいた男性たちが、一ノ瀬という「聖女」の波形に触れることで、凍りついた機能を取り戻していく。
けれど、それは単なる医療行為ではなかった。
彼らの枯れ果てた大地に、私の情動という強すぎる雨を降らせる行為は、彼らの神経系を「一ノ瀬の熱」なしでは機能しないものへと作り変えていくプロセスでもあった。
「……佐藤くん。……救われた人たちの声が、聞こえるわ。……でも、それと一緒に、……私を求める『飢え』のようなものが、流れ込んでくるの」
私は震える手で自分の肩を抱いた。
私は、人々が抱える性的不全という名の「痛み」を、自分の中に取り込み、自らの熱で焼き尽くそうとしていた。
けれど、浄化されたはずの跡地には、私という毒に対する、より深い、底なしの渇きが芽生えていた。
「……それが生命の真理だ。何かを救うためには、別の何かで埋めるしかない。……一ノ瀬、君が彼らを救えば救うほど、世界は君という存在に寄生していく」
佐藤くんは、端末に表示される依存係数の上昇を冷徹に見つめていた。
彼は知っている。この治療が広まれば広まるほど、人々は一ノ瀬という「聖女」を崇めるのではなく、彼女が放つ「快楽の信号」を貪るだけの家畜へと堕ちていくことを。
「……いいわ。……彼らの痛みが消えるなら、……私は何度でも、……この身を削って、波形を送り続けるわ」
私はポッドの中に横たわり、再び目を閉じた。
高城さんは、モニター越しにその様子を黙って見つめている。
彼女の沈黙は、この「救済」がもはや誰にも止められない領域――人類が自ら望んで、甘美な依存の沼へ足を踏み入れたことへの、諦念のようでもあった。
私は、再びコネクタを繋ぐ佐藤くんの指先に、すがるように触れた。
「……佐藤くん。……もし、いつか私がいなくなったら、……この人たちはどうなるの?」
「……死ぬだろうな。あるいは、死以上の虚無に襲われる。……だから、君は僕の傍で、永遠に機能し続けなければならない」
佐藤くんの言葉は、愛の誓いというよりも、逃げ場のない呪縛のように響いた。
再びネットワークが繋がり、私の精神波が世界へと放出される。
救いと依存。光と毒。
私たちは、その境界線すらも曖昧になった濁流の中を、二人で静かに下り始めていた。




