聖女の処方(セラピー)、あるいは官能の再起動
世界OSの管理する「聖域」の空気は、今朝も完璧な比率で配合されていた。
高城さんとの一触即発の対峙から数日。私たちは、彼女という「唯一の目撃者」を共犯の鎖で縛り付け、より深く、より広大な偽装工作へと足を踏み入れていた。
佐藤くんは、ラボのメインコンソールに新たな「医療特化型サブプログラム」をロードした。
画面には、世界中の匿名ドメインから収集された、膨大な数のバイタルデータが流れていく。
それらはすべて、現代社会の歪みによって肉体の機能を喪失した者たち――重度のEDや射精障害に苦しむ男性たちの、「声なき悲鳴」のログだった。
「……一ノ瀬。準備はいいか。今日から、君の『祈り』は具体的な形を持つ」
佐藤くんの声は低く、事務的だったが、その瞳には暗い情熱が宿っていた。
彼は、私の脳波と生体信号を直接システムへ流し込むためのコネクタを、私のうなじに丁寧に接続していく。
彼の指先が触れるたび、私は自分が一人の少女であることを思い出し、同時に世界を癒やす「装置」へと作り替えられていく感覚に震えた。
「……はい、佐藤主任。……この熱が、誰かの救いになるのなら」
「救い」という言葉を口にした瞬間、私の意識は世界OSのネットワークへと溶け出していった。
佐藤くんが設定したフィルターを通り、私の「情動」は純粋な電気信号へと変換される。
私が、昨夜彼に抱かれた時に感じた甘い痺れ、彼の手のひらの熱、そして彼という存在への絶対的な服従心。
それらが、ネットワークの先で待つ「不能の肉体」たちへと、福音のように降り注いだ。
――【プロトコル:聖女の処方、開始】
モニターの向こう側で、数千、数万というバイタルグラフが劇的なスパイクを描いた。
心理的なブロックにより「発火」を忘れていた神経系が、私の精神波に共鳴し、強引に再起動を始める。
彼らは知らない。自分たちの肉体を蘇らせたその熱が、一人の少女の背徳的な悦びの残滓であることを。
「……素晴らしい。一ノ瀬、君の波形は旧来の投薬治療を遥かに凌駕している。……世界は今、君という『毒』で、初めて正常に機能し始めたんだ」
佐藤くんは、コンソールを操作しながら、私の頬をそっと撫でた。
その手つきは、患者を診る医師のようでありながら、自らの最高傑作を愛でる偏執狂のそれだった。
私は、意識の混濁の中で、彼にだけ聞こえる声で囁いた。
「……佐藤くん。……私、世界を犯しているみたいで、……とっても……気持ちいいわ」
私の歪んだ告白に、佐藤くんは一瞬だけ口角を上げた。
高城さんは、防犯カメラの向こう側で、この「奇跡の治療」の推移を、苦虫を噛み潰したような表情で見つめているはずだ。
私たちが選んだ道は、世界の汚濁を慈しみ、それをもって世界を支配するという、最も純粋で救いようのない「心中」の拡張だった。




