最期の授業、あるいは永遠の秘密(プライオリティ)
「……佐藤、あんたの負けよ。……全部、表に出すわ」
高城さんの指が、暴露シーケンスを起動させるための端末に触れる。
このログが各国の監視拠点に送信されれば、私という「聖女」の偶像は地に堕ち、佐藤くんは世界を欺いた大罪人として幽閉されるだろう。
けれど、佐藤くんは慌てることも、命乞いをすることもなかった。
彼は静かに私の肩を引き寄せ、その薬指にあるリングを、自分の手のひらで包み込んだ。
「……構わない。……高城、君がそれを真実だと呼ぶなら、好きにすればいい」
佐藤くんの声は、不思議なほど穏やかで、透き通っていた。
「……けれど、僕たちが消えた後、この世界OSを制御できる人間は誰もいなくなる。……僕たちは、この秘密を維持するために、自分たちの脳をシステムの一部として『同期』し続けてきたんだから」
彼の告白に、高城さんの顔が驚愕に染まる。
私たちが密室で行っていた「調整」の正体は、単なる逃避ではなく、二人だけの情動をエネルギーに変えて、不安定な世界を強引に繋ぎ止めるという、命懸けの「結合」だったのだ。
「……佐藤、あんた……自分たちの命を、世界OSのOS(基底)にしたっていうの……?」
「……そうだ。……僕たちが死ぬか、あるいは引き離されれば、この世界は一秒と持たずに瓦解する。……それが、僕が一ノ瀬と生きるために選んだ、唯一のセキュリティだ」
佐藤くんは、私を見つめ、初めて公の場で「佐藤主任」ではなく、ただの「佐藤くん」として微笑んだ。
それは、世界を人質に取った悪魔の笑みであり、同時に、一人の少女を愛し抜こうとする、あまりにも不器用な少年の顔だった。
私は、彼の隣で、涙を流しながらも幸福な心地でいた。
私たちが望んだのは、誰にも邪魔されない「終わらない放課後」だった。
たとえそれが、世界中を騙し続け、すべての命を秤にかけるような身勝手なものであったとしても。
「……高城さん。……お願い。……私たちを、このままにしておいて」
私は、聖女としてではなく、一人の恋する少女として、彼女に懇願した。
「……私たちは、これからも『聖女』と『技術者』を完璧に演じ続けます。……だから、……この嘘が、真実として世界を包み込むまで、……見逃して」
高城さんは、震える指を端末から離し、力なく膝をついた。
彼女には、世界を救うために二人を告発する勇気も、世界を滅ぼしてまで二人を断罪する冷酷さもなかった。
「……バカね、あんたたち。……本当に、バカな子供たちだわ……」
彼女の掠れた呟きは、私たちの「勝ち」を意味していた。
けれど、それは勝利というにはあまりに孤独で、重い責任を一生背負い続けるという、死刑宣告に近いものだった。
サーバー・ルームの隔壁が閉まり、再び二人きりの静寂が訪れる。
佐藤くんは、私の髪に優しく指を通し、耳元で囁いた。
「……さあ、授業の続きをしよう、一ノ瀬。……今度は、誰にも見つからない、……永遠の秘密の守り方を」
私たちは、再び仮面を被り、扉の向こうに待つ「偽りの世界」へと戻っていく。
指先のリングが、二人の魂を結びつけるように、静かに、強く、光り輝いていた。




