沈黙の臨界点、あるいは暴かれた聖域
世界OSの最深部、メインサーバー・ルーム。
そこは本来、佐藤くんと私以外、誰も立ち入ることのできない「絶対不可侵」の領域だった。
けれど、今、重厚なハッチの向こうから響いてくるのは、システムによる警報ではなく、高城さんの、静かだが拒絶を許さない足音だった。
「……もういいわよ、二人とも。……その『芝居』、観客はもう私一人だけなんだから」
背後から投げかけられた声に、佐藤くんのタイピングが初めて、明確なエラー音を立てて止まった。
私は、調整用ポッドの端で、彼が用意した「被験者のための仮面」を脱ぎ捨てることもできず、ただ立ち尽くした。
高城さんの手には、世界OSの公式ログではなく、彼女が独自に物理配線を辿って収集した、生体反応の「アナログな記録」が握られていた。
「佐藤。あんたが書き換えたデータは完璧だったわ。でも、……一ノ瀬が時折見せる、あの『世界をどうでもいいと思っている瞳』までは、プログラムで修正できなかったようね」
高城さんは、私たちが「心中」を誓ったあの日から、私が聖女としての義務を捨て、ただ佐藤くん一人のために世界を維持しているという事実に気づいていたのだ。
「これはバグじゃない。……あんたたちが共謀して世界を人質に取った、……最低の背徳よ」
「……そうだよ、高城」
佐藤くんがゆっくりと振り返った。その瞳には、もはや「管理者」としての冷徹さはなく、ただ一人の少女を愛してしまった、愚かな男の覚悟だけが宿っていた。
「僕たちは、世界を救うためにここにいるんじゃない。……一ノ瀬が笑える場所を作るために、この世界OSという『檻』を管理してきたんだ。……君がそれを罪だと呼ぶなら、僕は今すぐ、このシステムを停止させる」
「佐藤くん、ダメ……!」
私は彼の腕に縋り付いた。
私たちが秘密を暴かれたとき、それは二人の関係の終わりではなく、この世界の「終わり」と直結している。
それが、佐藤くんが第48話で設定した、最も残酷なセキュリティ・ポリシーだった。
「……バレたら、自爆するって言ってたのは、本気だったのね」
高城さんは震える手で、緊急停止スイッチの上に手を置いた。
「あんたたちの愛が本物なら、……世界を道連れにせずに、証明してみせなさいよ。……この『秘密』を、墓場まで持っていく覚悟が、本当にあるのかを!」
静まり返ったサーバー・ルームで、世界OSの稼働音だけが、私たちの最後の審判を待つように唸り続けている。
秘密は今、剥き出しの刃となって、私たちの喉元に突きつけられた。
演じる時間は終わり、私たちは「世界」か「自分たち」か、どちらかを殺さなければならない。




