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日常という名の、美しき猛毒

闇に閉ざされた更衣室から、ようやく救助されて一夜が明けた。

校庭を歩けば、相変わらず「一ノ瀬凛」というバグが世界を侵食していく。


すれ違う男子生徒たちの膝が、まるで示し合わせたかのように折れ、アスファルトには季節外れの湿り気が刻まれていく。

私の容姿は、彼らの本能を強制的にハッキングし、意思を介さず「結末」へと至らせる呪いなのだ。


「おはよう、一ノ瀬さん。……昨日は大変だったみたいね」

声をかけてきたのは、高城さんだった。


彼女は倒れた男子生徒たちを冷ややかな目で見下ろしながら、私の隣を歩く。

その瞳には、私への畏怖以上に、あの備品倉庫で見てしまった「佐藤くんの凄絶な献身」に対する執着が宿っていた。


「高城さん、おはよう。佐藤くん、今日はまだ来ていないみたいだけれど……」


「当然でしょ! 昨日のあれ、あんたのせいなんだからね」


高城さんは鋭い指先を私に向けた。


「あんたの肌が反射する光、その黄金比。それは男を強制的にイかせる毒よ。 普通の男なら一瞬で使い物にならなくなる。でも、佐藤くんは違う」


高城さんは一歩踏み込み、私と、そして周囲の無残な光景を交互に指差した。


「彼はあんたを『人間』として見るために、登校前にその身を極限まで空にし、石鹸と洗剤で本能を焼き切って、ようやくあんたの前に立っている。 あんたが彼に無自覚に近づくたびに、彼の理性がどれほど血を流しているか、分かってるの?」


「……分からないわ。だからこそ、私は彼を支えたいの」


「支える? 逆よ! あんたが近づけば近づくほど、彼の修行は難易度を増していくのよ!」


高城さんの叫びは、まるで佐藤くんの悲鳴を代弁しているかのようだった。

彼女自身、佐藤くんのあの「鉄の意志」に触れてから、彼を守らなければならないという奇妙な使命感に突き動かされているらしい。


そのとき、校門の向こうから、いつもの薬品の匂いを漂わせた影が現れた。


佐藤くん。

今日の彼は、昨日にも増して「ゼロ」を超えた虚無の表情をしており、歩くたびに微かに身体が震えている。

彼は私たちの姿を視界に捉えると、一度だけ深く、苦しそうに息を吐き出した。


「……おはよう、一ノ瀬。高城。……二人とも、……朝から騒がしいな」


「佐藤くん! もう、無理しなくていいのよ、私が代わりに――」


高城さんが駆け寄ろうとしたが、佐藤くんはそれを手で制した。

彼の視線は、真っ直ぐに私に向けられている。


「……気にするな。……これが、俺の選んだ……日常だ」


彼は、自分の腕を強く掴んで震えを止めようとしながら、かろうじて直立を保っていた。

私という毒を中和するために、人生のすべてを「排出」と「清潔」に捧げる少年。 彼を独占したい高城さんと、彼を壊したくない私。


三人の、あまりに歪で、けれど清らかなほどに執着に満ちた一日が、再び始まろうとしていた。

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