逃げ場のない闇、研ぎ澄まされる五感
備品倉庫での騒動の後、ずぶ濡れになった佐藤くんは、着替えを取りに更衣室へ向かった。
私もまた、石鹸で汚れた制服を拭うため、彼に付き添う形で誰もいない旧校舎の更衣室へと足を運ぶ。
夕暮れ時の校舎は、外灯が灯る前の、最も深い陰影に包まれていた。
「……ここで待っていろ、一ノ瀬。……それ以上、……近づくな」
更衣室の重い鉄の扉の向こう側から、佐藤くんの警戒に満ちた声が響く。
けれど、彼が扉を閉めたその瞬間、運命は再び「バグ」を引き起こした。
ガコン、という不吉な金属音と共に、廊下の照明が一斉に消え、更衣室の電灯もまた沈黙した。
同時に、古びた扉のラッチが完全に噛み込み、外からも中からも開かない「密室」が完成する。
「……っ、停電か……!? おい、一ノ瀬、扉を……っ」
「待って、佐藤くん。……開かないわ。鍵が壊れているみたい」
逃げ場のない暗闇が、更衣室という狭い空間を支配した。
視覚が奪われたことで、他の感覚が異常なほど鋭敏に研ぎ澄らされていくのが分かる。
闇の中で、佐藤くんの荒い吐息と、彼が着替えようとしていた衣類の擦れる音が、妙に生々しく鼓膜を震わせる。
そして、先ほどよりもさらに凝縮された、あの刺すような「清潔」の匂い。
「……来るな、……こっちに、……来るんじゃない……っ!」
「でも、暗くて危ないわ。……佐藤くん、どこにいるの?」
私が手探りで一歩踏み出すと、指先が不意に、彼の熱を帯びた剥き出しの肌に触れた。
「……あ……っ、……ぁあ……っ!」
佐藤くんの喉から、押し殺したような、けれど隠しきれない悲鳴が漏れる。
目が見えないからこそ、触れた指先の感触だけが、情報のすべてとして脳に直接書き込まれていく。
私の肌が放つ「光学的な毒」は、暗闇によって遮断されたはずだった。
けれど、至近距離で重なり合う吐息の熱、指先から伝わる彼の心拍。
それらが、視覚情報以上にダイレクトに彼の「射精中枢」をハッキングしていくのが分かった。
「……だめだ、……闇の方が、……残酷だ……っ。……お前の、……匂いが……、……熱が……っ!」
「佐藤くん。……私、あなたの心臓の音が聞こえるわ。……すごく、速い」
私は闇に慣れた目で、彼が必死に自分を抱きしめるようにして、本能をせき止めている影を捉えた。
逃げ場のない密室。 視覚を失い、純粋な「存在」としてぶつかり合う二人。
彼は今、私の姿を見ていないにもかかわらず、これまでの人生で最も深く、私の存在に侵食されていた。




