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偽装の余白、あるいは沈黙の独占欲

「……佐藤主任、次回の同期テストのスケジュールですが」


私は、高城さんや数人のオペレーターが監視するコントロール・ルームで、あえて一歩引いた位置から彼に問いかけた。

私たちの間に流れる空気は、数日前までの「心中を覚悟した恋人」のそれではなく、冷徹な「管理者」と、その指示に従う「被験者」のそれへと、完全に書き換えられている。

佐藤くんは、私の方を見向きもせず、大型モニターに映し出される無数のグラフを指先で弾いた。


「……一ノ瀬さんの精神波の安定性が、想定よりも0.05ポイント高い。……過剰な適合は逆にシステムを焼く。……今夜は、これまで以上に慎重な個別調整が必要だ」


「精神波の安定」という言葉の裏側に、彼が私を独占するための正当な理由を隠していることを、私だけが知っている。

高城さんは、コーヒーを啜りながら、モニターに映る私たちの無機質な対話を、どこか手持ち無沙汰そうに眺めていた。


「……相変わらず、あんたたちの会話を聞いてると、機械と喋ってるみたいで肩が凝るわね。……でも、その『完璧な距離感』こそが、今の世界には必要なのよね」


高城さんのその言葉は、私たちが必死に築き上げた「嘘」が、正しく機能していることを証明していた。

けれど、その「完璧な距離感」を演じるたびに、私の指先に嵌められた見えないリングが、締め付けられるような痛みを伴って熱を帯びる。


「……高城、無駄口を叩く暇があるなら、外縁部のサーバーの負荷分散を確認してくれ。……一ノ瀬さんの調整は、僕が責任を持って完遂させる」


佐藤くんは、あえて高城さんを遠ざけるような指示を出し、私を「自分の領域」へと引き込もうとする。

彼の言葉の端々には、他人には「責任感」と聞こえ、私には「独占欲」と聞こえる、鋭い感情の切っ先が隠されていた。

私は、彼の背中を見つめながら、聖女としての慈愛の微笑みを仮面のように貼り付け続けた。

心の中では、今すぐにでも彼の白衣を掴み、誰もいない場所に連れ去ってほしいと叫んでいるのに。


夕刻、スタッフたちが次々と退出し、ラボにオレンジ色の残光が差し込む頃。

私たちは、依然として「主任」と「被験者」として、数メートルの距離を保ったまま立っていた。

監視カメラの赤いランプが、私たちの不自然な静寂を冷たく見下ろしている。

佐藤くんが、ふと、キーボードを叩く手を止めた。


「……一ノ瀬さん。……今日の『指導』は、……これで終了です。……お疲れ様でした」


その声が、わずかに、本当にわずかに震えていたのを、私は逃さなかった。


彼は、カメラに背を向けたまま、自分のポケットの中で、ペアのリングをそっと撫でているようだった。

私たちは、この欺瞞に満ちた日常を、愛ゆえに守り通さなければならない。


「……はい。……ありがとうございました、佐藤主任」


私は深く一礼し、彼に背を向けてラボを後にした。

その足取りは重く、けれど確かな期待に満ちている。

深夜、彼が「最終調整」という名目で、私の部屋を訪れるその瞬間まで。

私たちは、世界を欺くための最も孤独な役者であり、世界を救うふりをした、ただの「裏切り者」であり続ける。

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