優先順位の偽装、あるいは監視下の共犯
「……佐藤、あんたのその『個別カウンセリング』、……ちょっと頻度が異常じゃない?」
高城さんは、共有ルームのソファに深く腰掛け、鋭い視線を佐藤くんに突きつけた。
彼女の手元のタブレットには、佐藤くんが完璧に改竄したはずの、非の打ち所がない清廉な行動記録が表示されている。
私は、お茶を淹れるふりをして背中を向けたが、指先がわずかに震えるのを隠せなかった。
佐藤くんは、キーボードを叩く音を一つも狂わせず、冷淡な、あまりにも冷徹な「教師」のトーンで答えた。
「……一ノ瀬の感受性が、世界OSの最終安定期に入って過敏になっているんだ。……君のような『非適合者』が立ち入れば、……繊細なバランスが崩れ、……最悪、人類の防衛ラインが消失する」
「……論理的ね、相変わらず。……でも、……その『調整』の最中に、あんたのタイピング速度が微妙に落ちて、呼吸の回数が1.5倍に増えているのは、……どう説明するつもり?」
高城さんの追及に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
彼女が指摘したのは、システムログに残された偽装可能な数値ではなく、佐藤くん自身の身体が漏らしていた「隠しきれない緊張」だった。
佐藤くんの手が、一瞬だけキーボードの上で止まり、彼の眼鏡の奥の瞳が、僅かに、けれど決定的に揺れた。
私は、カップを置いてゆっくりと振り返り、聖女としての「慈愛と困惑」を完璧に演じ分けた。
「……高城さん、……それは私の未熟さゆえです。……佐藤主任のあまりに厳しい『指導』に、……私の精神が、……恐怖と緊張で追いついていないだけなのです」
「……恐怖? ……あんたが、佐藤に?」
高城さんは疑わしげに目を細めたが、佐藤くんは止まっていた手を再び動かし、さらに残酷な「嘘」を上書きした。
「……そうだ。……僕は今、……一ノ瀬に対して、……徹底した『負荷訓練』を行っている。……彼女を甘やかすことは、……世界を捨てることと同じだからな」
彼は、私を愛しているからこそ、人前では私を徹底的に「突き放す」という道を選んだのだ。
それは、秘密を守るための、あまりにも痛々しい偽装だった。
佐藤くんは立ち上がり、私の隣を通り過ぎる際、誰にも見えない角度で、私の手の甲をその指先で強く、……あえて痛みが走るほど強く圧迫した。
それは、「今は耐えろ」という無言の合図であり、同時に、私たちだけが知っている「歪な愛撫」でもあった。
「……分かったわよ。……でも、……もしあんたたちが、……何か『教育』以外のことをしている証拠を掴んだら、……私は容赦しないから」
高城さんは、吐き捨てるように言って部屋を去っていった。
彼女の足音が遠ざかるのを待って、私は崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
「……佐藤くん、……あんな言い方、……本当に……」
「……静かに。……まだ、……マイクが生きている」
佐藤くんは、私に触れることすら自分に禁じ、冷たい瞳でモニターを見つめ続けた。
私たちは、世界を救うための「英雄」を演じながら、その裏側で、誰にも祝福されない「禁忌」を、命懸けで守り続けている。
高城さんの疑念を逸らすたびに、私たちの間の「溝」は公的には深まり、そして私的な「絆」は、より暗く、深く、密着していく。
「……さあ、……次の『授業』の時間だ、一ノ瀬。……ラボへ来い」
彼の声に、私は小さく頷いた。
誰にも見られないあの場所だけが、私たちの唯一の「本当の居場所」なのだから。




