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観測者の影、あるいは不自然な整合性

「……佐藤、あんた最近、一ノ瀬の『調整』に時間をかけすぎじゃない?」


翌日の昼下がり、端末のログを精査していた高城さんが、ふと顔を上げて不機嫌そうに言った。

彼女の視線の先には、先ほど「精神波の安定化」という名目で、二時間近くも閉鎖ラボに籠もっていた私と佐藤くんの行動記録が表示されている。

私は、飲みかけのハーブティーのカップを置く手がわずかに止まるのを感じたが、すぐに聖女としての穏やかな表情を取り繕った。


「……それだけ、私の内面が複雑だということですよ。……佐藤主任は、私の微細なノイズも見逃さない、非常に優秀な『教育者』ですから」


佐藤くんは、キーボードを叩く音を一定に保ったまま、画面から目を離さずに淡々と答えた。


「……一ノ瀬の精神状態が、世界OSの稼働率に直結していることは君も知っているはずだ。……今の彼女は、外部からの刺激に対して極めて過敏になっている。……マンツーマンでの深い対話カウンセリングは、避けて通れない工程だよ」


その説明は、論理的でありながら、どこか過剰な防御壁ファイヤーウォールを感じさせるものだった。

高城さんは椅子を回し、ジロジロと佐藤くんの背中を観察するように見つめる。


「……論理、ね。……あんたのその『論理』が、……なんだか最近、一ノ瀬を自分だけのブラックボックスに閉じ込めようとしているように見えるのは、私の気のせいかしら?」


高城さんの勘は、恐ろしいほど鋭い。

私たちは、自分たちの「秘密」を守るために、世界OSの管理権限を使って、あらゆるログを完璧に改竄している。

けれど、その「完璧すぎる整合性」こそが、逆に不自然なノイズとなって、彼女のようなプロフェッショナルの直感に触れ始めているのだ。

私は、テーブルの下で自分の指に嵌まった認証リングを、もう一方の手で隠すように握りしめた。

このリングが発する微かな熱が、今も佐藤くんの端末と同期し、私と彼の「二人だけの通信」を維持し続けている。


「……疑うなら、次の調整には君も同席すればいい。……ただし、一ノ瀬の精神波が乱れ、システムに障害が出た場合の責任は、すべて君が持つことになるが」


佐藤くんが突き放すように言うと、高城さんは「……チッ、……責任問題を持ち出されると弱いわね」と、忌々しそうに視線を逸らした。

彼は、高城さんの「正義感」と「合理性」を逆手に取り、私たちの聖域への侵入を、合法的な手続きによって拒絶したのだ。

それは、秘密を守るための、あまりにも危うい綱渡りだった。


午後の日差しが差し込む中、私は佐藤くんと目が合うのを避けるように、窓の外の景色に目を向けた。

けれど、私の網膜投影ディスプレイには、彼が密かに送信してきた短い文字列が浮かんでいた。


――【今夜、予定通りに。誰にも、見つからないように】


それは、表向きの「主任と被験者」という冷徹な関係を維持するための、裏側からの、切実な命令だった。

私は、誰にも気づかれないように小さく頷き、偽りの平和が支配する部屋の中で、静かに夜の訪れを待った。

私たちは、世界を欺き続けるための「嘘」を、また一つ、真実の上に重ねていく。

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