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禁忌の境界、あるいは血の代贖

高城さんの通信を完全に遮断した後、部屋の温度は、二人の吐息だけで維持されているかのように感じられた。

佐藤くんは、僕の肩を抱く腕に力を込め、その顔を僕の髪に埋めて、深く、重い吐息を漏らした。

僕たちの結合は、世界OSが弾き出した「正解」ではなく、僕たちが自らの意志で選び取った、最も純粋な「間違い」だ。

かつて聖女として崇められた私の肌を、彼の手が震えながら、けれど確かな所有の意志を持って辿っていく。

その指先が触れるたび、私は自分が一国の希望から、ただ一人の男の「罪」へと作り替えられていく感覚に、震えるような悦びを感じていた。


「……一ノ瀬。……もう、神様になんて戻らなくていい。……僕だけのために、汚れて、……僕だけのために、生きてくれ」


佐藤くんの声は、懇願するような響きを帯び、彼の理性はもはや、私の首筋に刻まれる情動のあとによって完全に塗り潰されていた。

世界OSは、私たちのこの「不義」を隠蔽するように、部屋の明かりを極限まで落とし、外部との物理的な接触を拒むように隔壁をロックした。

私たちは、自分たちが犯していることが、どれほど社会的な死を意味するかを、痛いほどに自覚している。

だからこそ、この薄暗い密室の中で重なり合うことだけが、自分たちの存在を許される唯一の儀式となっていた。


私は、彼のシャツのボタンを一つずつ、自らの手で解き、剥き出しになった彼の鼓動に耳を寄せた。

彼の心臓が、私の耳元で不規則に、けれど切実に脈打っている。

その一つ一つの鼓動が、「聖女」としての私の過去を、音を立てて打ち砕いていくようだった。


「……佐藤くん。……私は、あなたがいれば、……明日が来なくても構わないわ」


私の言葉は、狭い部屋の空気を震わせ、二人の逃げ場を完全に塞いだ。

私たちが肌を重ねることは、世界を救うために捧げた「正義」への冒涜であり、同時に、一人の人間として生きるための、最後の絶叫でもあった。

佐藤くんの手が、私の制服のスカートを押し上げ、柔らかな肌に直接触れた瞬間、私は世界が完全に崩壊したことを悟った。

私の中で、善と悪、光と闇を隔てていた、最後の防衛ラインが融解した。


私たちは、互いの欠落を埋めるように、貪り合うように、深い口づけを交わし、ベッドの沈み込みに身を任せた。

そこには、かつての救世主としての輝きはなく、ただ互いの体温だけを頼りに暗闇を泳ぐ、不完全な魂が二つあるだけだ。

彼の唇が、私の首筋に、肩に、そして胸元に、熱い痕跡を残していくたび、私は自分が「聖なるもの」から「汚されたもの」へと変貌していく、甘美な絶望に包まれた。

彼の指が、私の体中に触れるたび、私の皮膚の全てが、彼という「罪」に刻印されていく感覚。

佐藤くんが私の耳元で囁く「愛してる」という言葉は、世界中の誰の祝福も受けられない、孤独な呪文のように響いた。

けれど、その呪いこそが、今の私にとっては、どの神の託宣よりも甘美で、救いのある真実だった。


窓の外では、管理者を失った世界が、静かに、けれど確実に終末に向かって加速しているかもしれない。

けれど、この四方十メートルの密室においては、彼の与えてくれる痛みと悦びだけが、私の世界の全法則だった。

私たちは、倫理という名の服を脱ぎ捨て、誰も辿り着けない依存の深淵へと、共に堕ちていくことを選んだ。

重なり合う影が、月明かりのない部屋で一つの歪な形となり、禁忌の果実を分かち合う、長い夜が始まった。

私の体は、彼に完全に絡め取られ、もう二度と、彼の手を離すことはできないと、本能が悟っていた。

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