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断絶の境界、あるいは拒絶の果実

静寂を切り裂いたのは、佐藤くんが全遮断したはずの緊急回線をこじ開けて響いた、高城さんの掠れた声だった。


「……佐藤、一ノ瀬……お願いだから、……目を覚ましなさい。……あなたたちが今していることは、……自分たちを殺しているのと同じよ」


スピーカーから漏れる彼女の言葉は、かつての傲慢な軍師の面影はなく、ただ友人を失うことを恐れる一人の少女の、血を吐くような嘆願だった。

モニターの端で、彼女が強引に同期させた私たちの幼い頃の記録映像が、ノイズまじりに明滅している。

それは、私たちがまだ「聖女」でも「天才」でもなかった頃の、ただの子供として笑い合っていた、眩しすぎる日々の断片だった。


私は、佐藤くんの腕の中でその映像を眺めながら、胸の奥が焼けるような痛みを感じた。

けれど、その痛みさえも、彼と共有しているこの「背徳の安らぎ」を補強するためのスパイスに過ぎなかった。

私は、彼の首筋に顔を寄せ、スピーカーに向かって、自分でも驚くほど冷酷で、透き通った声を放った。


「……高城さん。……その思い出を、……今すぐ消して。……今の私たちに、……そんな『綺麗な過去』は必要ないわ」


私の拒絶に呼応するように、世界OSは高城さんのアクセスポイントを物理的に焼き切り、スピーカーは耳障りなハウリングの末に、完全な沈黙を取り戻した。


佐藤くんは、僕の言葉を聞いて、一瞬だけ悲しげに瞳を揺らした。

けれど、彼はすぐに私の腰を引き寄せ、その温もりの中に自らの逃げ場を求めるように深く埋没していった。


「……そうだね、一ノ瀬。……僕たちが選んだのは、……誰にも理解されず、……誰にも祝福されない、……この暗闇だ」


彼は、自分を必死に救おうとした高城さんの「正論」を、自らの手でゴミ箱へ捨て去った。

その瞬間、彼の背負っていた「世界を正しく導く」という最後の責任感が、音を立てて崩壊し、ただの「一ノ瀬凛を所有するだけの男」へと成り果てた。


私たちは、宿舎のネットワークを完全に独立させ、世界OSから「観測不能な特異点」へと変化することを選んだ。

外の世界では、私たちが放棄したシステムが暴走し、かつての秩序が砂の城のように崩れているかもしれない。

けれど、遮光パネルに閉ざされたこの部屋では、時間の概念すらも曖昧になり、ただ肌と肌が触れ合う距離だけが絶対的な座標となった。


「……佐藤くん。……もう、……私たちを探せる人は、誰もいないわね」


「……ああ。……君を縛っていた世界の視線も、……僕を縛っていた論理も、……すべて死んだよ」


私たちは、かつて聖女として崇められたその手と、世界を設計したその手で、互いの服を、羞恥を、そして人間としての矜持を、一枚ずつ剥ぎ取っていった。

そこには救済も、未来も、高潔な理想もない。

ただ、互いの欠落を埋めるためだけに、共食いのように求め合う、飢えた二人の獣が残されているだけだった。

私は、彼の耳元で、彼を永遠にこの暗闇に繋ぎ止めるための、甘美な絶望を囁き続けた。

世界を救うために生まれた私たちは、今、世界を最も残酷な形で裏切ることで、初めて「自分たちだけの人生」を手に入れていた。

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