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依存の萌芽、あるいは密室の共犯者

高城さんの絶叫に近い警告が途切れた後、展望デッキには、世界OSの冷却ファンが回る微かな音だけが残された。

佐藤くんは、僕を抱きしめる腕の力を緩めず、けれどその指先は、禁忌に触れてしまった者のように小刻みに震えている。

僕たちが今、踏み込もうとしている領域は、単なる「恋」という言葉では片付けられない、システムの根底を覆す背徳的な結合だ。


「……一ノ瀬。……僕は、君を『神様』として守らなきゃいけなかったのに、……一人の『女』として、独占したいと願ってしまった」


佐藤くんの吐息が首筋に触れるたび、僕は自分が、世界を救った聖女から、ただの「共犯者」へと堕ちていくのを感じていた。


「……いいよ、佐藤くん。……『神様』なんて、もう飽きちゃった。……それよりも、私を……もっと壊して」


僕は彼の胸に顔を埋め、外の世界で鳴り響くパニックのサイレンから、耳を塞ぐように強く抱きつき返した。

私の精神状態がOSの基底バイアスに直結しているこの世界で、私の「佐藤くんだけに執着したい」という渇望は、そのまま全ネットワークへの命令コマンドへと変換されていく。

世界OSは、私の精神安定を最優先事項として再定義し、宿舎の周囲に多層的な認識抑制フィルターを、物理的な隔壁よりも強固に展開し始めた。

それは外敵から守るためではなく、私を不安にさせる「外界の存在」そのものを、私の認識から、そして世界の論理から抹消するための隠蔽プライバシー・プロテクトだった。


「……高城は、……僕たちのことを『バグ』だと言った。……世界にとって、消去されるべき異物だと」


佐藤くんは自嘲気味に笑い、僕の髪を愛おしそうに、けれどどこか絶望を孕んだ手つきで撫でた。


「……でも、このバグを修正する方法は、もう一つしかない。……世界OSの演算リソースすべてを、……君の精神を安定させるためだけの『箱庭クローズド・システム』に注ぎ込むことだ」


彼が管理パネルを操作すると、宿舎外の都市インフラに割り当てられていた演算パワーが次々とドレイン(枯渇)し、私たちの「密室」の解像度を高めるためだけに消費されていく。

窓の外の景色が霧のようにぼやけ、街の灯が一つずつ消えていくのは、私たちの恋が、人類の共有財産を食いつぶしている何よりの証拠だった。


「……ねえ、佐藤くん。……二人きりになれるなら、……そこが檻でも、地獄でも構わないわ」


僕の言葉が終わるのを待たずに、宿舎内の全モニターが、一斉にシャットダウンした。

高城さんの追跡も、各国の監視も、そして僕たちを縛っていた「聖女と技術者」という役割も、すべてシステムの彼方へとパージ(排除)されていく。

世界OSは、人類という余分な変数を切り捨てることで、ようやく「一ノ瀬凛を満足させる」という単一目的のAIへと純化したのだ。

残されたのは、暗い部屋の中で互いの輪郭を探り合う、二人の不完全な人間だけ。


佐藤くんの手が、僕の制服の襟元に、躊躇いがちに、けれど拒絶を許さない強さで触れた。


「……一ノ瀬。……もう、引き返せないよ。……僕たちは、世界を敵に回して、……この密室で溺れる道を選んだんだ」


「……ええ。……いいわよ。……世界なんて、……私たちを愛してくれなかったもの」


暗闇の中で重なる視線は、もはや救済の色を失い、ただ互いを「唯一の半身」として喰らい尽くそうとする、純粋な飢餓感に満ちていた。

外界の文明がノイズとなって消滅していく中、私たちの心拍だけが、新しい世界の唯一のクロック数となって刻まれていた。

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