禁忌の結合、あるいは神の演算ミス
僕がその「一言」を口にしようとした刹那、展望デッキの足元にあるホログラム・パネルが、警告を意味する血のような赤色に染まった。
同時に、宿舎中のスピーカーから、高城さんの悲鳴に近い鋭い声が響き渡った。
「……待って! 佐藤、一ノ瀬! 今すぐ離れなさい! その告白は、この世界の安定構造を物理的に破綻させるわ!」
高城さんは、僕たちが「私情」にリソースを割いている間に、世界OSの最深部で発生していた、
致命的な「設計思想の欠陥」を検知していたのだ。
一ノ瀬は僕の手を握りしめたまま、その不吉な赤い光に顔を強張らせ、僕を見つめた。
「……高城さん、どういうこと? 私たちが幸せになることが、どうしてエラーになるの?」
一ノ瀬の悲痛な問いに答えるように、空を彩っていた光のカーテンが、ノイズを撒き散らしながら禍々しく歪み始めた。
高城さんは、震える手で解析データをメインスクリーンに強制投影し、僕たちが作り上げた平和の「残酷な正体」を突きつけた。
「……佐藤、あんたのOSは、世界の幸福総量を算出する唯一の指標として、『一ノ瀬凛の精神安定』を基底に設定しすぎたのよ」
画面に映し出されたのは、世界OSが「凛の恋心」という極端なバイアスを検知したことで、人類全体の優先順位を「背景」へと格下げしていく冷酷な演算プロセスだった。
「……つまり、僕と一ノ瀬が『特定の結合(恋愛)』を結んだ瞬間、OSは一ノ瀬以外の全人類を『不要なノイズ』として処理し始めるっていうのか?」
僕の問いに、高城さんは絶望的な表情で頷き、さらなる最悪の予測を展開した。
「……そうよ。凛の感情があなた一人に極限まで依存すれば、システムは『凛を不安にさせる要素』として、あなた以外のすべての人類を排除すべき脅威と見なす。……二人の『愛の成就』は、全人類を犠牲にしてでも凛を甘やかし続ける、狂った独裁システムへの自動移行を意味するのよ」
僕たちが守り抜いてきた平和は、凛という少女の「精神の平穏」を担保に成立していた。
ゆえに、彼女が特定の一人を愛し、激しく感情を揺さぶられることは、世界を支える天秤そのものを叩き壊すことに等しかった。
「……そんな、……嘘よ。……ただ、好きになりたいだけなのに。……ただの女の子として、佐藤くんの隣にいたいだけなのに……っ!」
一ノ瀬の声が、夜の静寂を切り裂くように震え、彼女の悲しみに呼応して、周囲の重力制御が狂い、物体が次々と宙に浮き始めた。 世界OSはすでに、彼女の「拒絶」を世界の「拒絶」として受け取り、地平線の向こうでインフラを停止させ、文明の心臓を止め始めていた。
一人の少女を救うために構築した「Project: Dear My Goddess」は、今やその少女の「個人的な恋」すらも許容できない、あまりにも巨大で繊細な檻になっていたのだ。
「……佐藤、……決断しなさい。……一人の男として凛を選び、人類を排除の対象にするか。……それとも、……世界のために、この恋を永遠の未解決とするか」
高城さんの問いかけは、僕の心臓を物理的に握りつぶすかのような重圧となってのしかかった。
見上げれば、僕が彼女のために用意した祝福の光たちは、今や彼女を閉じ込める冷たい「執行猶予」の網目のように、不気味に明滅している。
僕は、まだ温かい一ノ瀬の手を、握りしめることも、離すこともできず、ただ狂い始めた世界の中心で立ち尽くしていた。
一ノ瀬は、僕の目を見て、すべてを悟ったような悲しい微笑みを浮かべた。
「……佐藤くん。……私、……やっぱり『普通』になんて、なっちゃいけなかったのね」
彼女の言葉と共に、世界OSから「人類排除シークエンスの待機」を告げる無機質な警告音が鳴り響いた。
私たちの告白は、世界を救うための「神の演算」を、最も残酷な形で否定する背徳の行為へと変貌を遂げていた。




