最適解の迷宮、あるいは天才の機能不全
高城さんからの「実質的なプロポーズ」を受けてから、佐藤くんの脳内CPUは常時100%の負荷率を記録していた。
彼は自室のトリプルモニターに向かい、コードを書く代わりに「高城との交際による予測シミュレーション」という、およそ恋愛とは程遠いフローチャートを作成していた。
「……高城との結合。……それは、僕の人生の全リソースを彼女の論理と共有することを意味する」
彼は独り言を呟きながら、眼鏡を押し上げ、画面に映る膨大なデータ——高城の性格、過去の論理的対立、そして彼女の意外な可愛さ——を見つめた。
彼にとって、彼女の告白は「嬉しい」という感情以上に、世界OSの根幹を揺るがすほどの「未知の巨大パッチ」に等しかった。
「……そもそも、僕みたいなオタクに、あの高城を幸せにするスペックがあるのか?」
彼は自分の人生をデバッグするかのように、これまでの人生の「非リア充ログ」を読み返し、深い溜息をついた。
もし僕が彼女を失望させたら、彼女の論理否定の波動は、この宿舎どころか世界OSのメインサーバーまで物理的に粉砕しかねない。
佐藤くんは、彼女の愛の深さを「物理的な破壊力」として換算し、その重責に震え、再びキーボードを叩いてシミュレーションをやり直した。
彼は「告白を受ける」という単純なYESではなく、彼女を一生満足させ続けるための「完璧な運用保守計画」を立てようとしていたのだ。
そんな彼の部屋に、お盆に乗せたココアを持って、私が(もちろん許可なく)侵入した。
「……佐藤くん。あんた、三日間も部屋に引きこもって、何という悍ましいグラフを作ってるのよ」
私が画面を覗き込むと、そこには【高城・長期安定運用におけるリスク管理表】という、色気もクソもないタイトルが踊っていた。
「……一ノ瀬。……僕は、真剣なんだ。……高城の論理は完璧だ。……だから、それを受け止める僕の回答も、完璧な論理性を持っていなければならない」
彼は血走った目で私を見つめ、高城さんへの敬意ゆえに、自ら作った「理屈の迷宮」から出られなくなっていた。
私は彼のココアに多めの砂糖をぶち込み、その疲れ果てた脳を強制的にリフレッシュさせた。
「……佐藤くん。あんた、世界を救うシステムは作れても、女の子の気持ちは一ミリもハックできてないわね」
私は、彼が作っている「完璧な計画」の画面を、迷わずシャットダウンした。
「……高城さんが求めているのは、あんたの『完璧な運用計画』じゃないわ。……あんたの『不器用な本音』よ」
論理で固められた高城さんが、あんなにボロボロになって告白したのに、受け取る側の佐藤くんが論理で返してどうするのか。
「……不器用な、本音……」
佐藤くんは、真っ暗になったモニターに映る、情けないほどに思い詰めた自分の顔を見つめた。
彼は、自分がどれほど彼女に惹かれているか、彼女の皮肉がどれほど心地よいか、それを証明するための数式など存在しないことにようやく気づいた。
「……そうか。……僕の回答に、……論理的な整合性なんて、……最初から必要なかったんだ」
彼は立ち上がり、未完成のグラフをゴミ箱へ捨てると、少しだけ晴れやかな、けれど激しく緊張した面持ちで部屋を飛び出した。
廊下のセンサーは、彼の急激な心拍数の上昇を検知し、宿舎中のライトを「決戦の赤」に変えようとした。
けれど、私は即座に管理者権限を奪い取り、彼の行く先を柔らかな「祝福の白」で照らし出した。
「……さあ、行ってきなさい、天才プログラマー。……世界をハックしたあんたなら、……一人の女の子の心くらい、……真っ直ぐぶつかって勝ち取ってみせなさいよ」
私は、走り去る彼の背中を眺めながら、残されたココアを一口飲み、少しだけ寂しく、けれど誇らしい気持ちで独り言ちた。




