聖女の逆襲、あるいは自爆のフルコース
最近の二人は、明らかに「何か」がおかしい。
佐藤くんが高城さんのコーヒーの好みを完全に把握し、高城さんが佐藤くんのコードの書き癖を「愛おしい」とまで呼んだあの日から、私はただの『背景の神』になりつつあった。
「……世界を救ったヒロインが、二人の恋路を応援するだけのモブになるなんて、……絶対に許さないんだから」
私は鏡に向かって、能力を失ったはずの自分の瞳に、かつての「致死的視覚情報」を無理やり再現しようと力を込めた。
脳内の世界OSに対し、「一ノ瀬凛の魅力を最大限に引き出す、超局所的な空間ハック」を密かに命じ、私は勝負の勝負服(学校の制服・着崩しVer.)を纏った。
「……二人とも、……ちょっといいかな? ……世界平和の進捗について、……大切な『相談』があるの」
私はリビングのドアを、かつての聖女のような神々しいポーズで開け、逆光(システムの自動演出)を背負って登場した。
私の計算では、ここで佐藤くんが「やっぱり一ノ瀬は綺麗だ……」と呆然とし、高城さんがその圧倒的敗北感に唇を噛むはずだった。
しかし、システムは私の「魅力を最大化せよ」という命令を、あまりにも愚直に、物理的なレベルで実行してしまった。
私の背後から放たれた「神々しい後光」は、照度計算ミスにより、直視した二人の網膜を直撃する強烈なフラッシュとなった。
「……っ!? ……まぶしっ! ……何だ、……一ノ瀬、……爆光弾か!?」
佐藤くんが悲鳴を上げて目を押さえ、高城さんは「論理性のかけらもない演出ね!」と叫んでクッションを投げつけてきた。
さらに、システムは「凛の香りを強調せよ」という副次命令を受け、超高濃度のフェロモン香水をエアコンの吹き出し口から一気に噴射した。
「……うわっ、……何だこの匂い、……濃すぎて、……鼻が、……鼻がバカになる……っ!」
佐藤くんが重度の花粉症のようなクシャミを連発し始め、高城さんは「あんた、……毒ガス兵器でも開発したの!?」と窓へ猛ダッシュした。
私が演出しようとした「聖女の帰還」は、システムの暴走によって「物理的なバイオテロ」へと成り下がった。
焦った私は、二人を繋ぎ止めるために「……あ、……足が滑っちゃった!」という古典的なラッキースケベ誘発ムーブを繰り出したが、これが最後の一撃となった。
システムは私の転倒を防ごうとして、私の足元の摩擦係数を瞬時にゼロにし、同時に私の体を「浮かせる」ために下方から強風を送り込んだ。
その結果、私はスケベどころか、リビングを縦横無尽に滑走する「制服姿のホバークラフト」と化し、コーヒーテーブルを破壊しながら壁に激突した。
「……っ、……ふ、……不覚……」
スカートは捲れ上がり、鼻には香水のせいでティッシュが詰め込まれ、髪は逆光ライトの熱で少しチリチリになっている私の姿。 そこには聖女の面影など微塵もなく、ただ「空回りの果てに自爆した女子高生」の無惨な姿だけが転がっていた。
「……一ノ瀬、……あんた、……もしかして私たちの仲を邪魔しようとして、……自滅したの?」
高城さんが、涙が出るほど爆笑しながら、私の情けない姿をスマホで連写し始めた。
佐藤くんも「……一ノ瀬、……君はシステムに頼らなくても、……十分すぎるほど、……面白いよ……」と、別の意味での「魅力」に気づいたような顔で私を助け起こした。
私が必死に築き上げようとした「大人の色気」は、二人の絆を(笑いという形で)より一層深めるための、最高のスパイスになってしまったのだ。




