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壁越しのピュシス、あるいは聖女の猛進

宿舎の夜は、佐藤くんが構築した静音システムによって、完璧な静寂に包まれているはずだった。

しかし、自室で翌日の課題に取り組んでいた私の耳に、隣の佐藤くんの部屋から、防音壁を抜けて「それ」が漏れ聞こえてきた。


「……っ、あぁ……ダメだ、もう入らない……! ……キツすぎる……っ!」


低く掠れた佐藤くんの声に、私はペンを止めた。


「……待って、佐藤。……私が、もっと奥まで……。……んっ、ほら、入ったわよ……」


続いて聞こえてきたのは、高城さんの、いつになく艶っぽく、それでいて苦しげな吐息。


私は椅子から転げ落ちそうになり、顔が瞬時に沸騰した。 高城さんが佐藤くんの部屋に? この時間に? しかも、あんな……あんな声を!?


「……っ、もっと……強く……! ……そこだ、そこに押し込んで……!」


「……分かってるわよ……っ、はぁ……。……これ、……癖になりそうなほど、……ドロドロね……」


壁越しに伝わる微かな振動と、生々しい「ぬちゃり」という音。

私の脳内では、世界を救った凛々しい二人が、密室でいかがわしい行為に耽っているイメージが、4K画質で再生されていた。


「……二人とも、……いくらなんでも、……破廉恥すぎるわ……っ!」


私は正義感(と、猛烈な動揺)に突き動かされ、フィルターデバイスも着けずに部屋を飛び出した。

もし二人が間違いを犯しているなら、世界のシステムの守護者として、私が止めなければならない。

私は佐藤くんの部屋のドアを、物理的な「否定」の波動を込めて、勢いよく蹴破った。


「やめなさい! 二人とも、そんな……そんなエロいことは、……私が許しません……っ!」


……沈黙。 扉の向こう側に広がっていたのは、ベッドの上ではなく、床一面に新聞紙を敷き詰めた、カオスな作業場だった。

佐藤くんは汗だくで、巨大な「特注の超高密度冷却ファン」をサーバーの隙間に、力技でねじ込もうとしていた。

高城さんは、その潤滑用として持ち込んだ、粘度の高すぎる「特殊冷却グリス」の入ったチューブと格闘し、全身を銀色の液体で汚していた。


「……あ、一ノ瀬。……いいところに。……これ、ファンのサイズがミリ単位で合わなくて、マジでキツいんだ……」


佐藤くんが死んだような目で私を見上げ、高城さんはグリスでドロドロの手を、力なく掲げた。


「……あんた、……何が『エロいこと』よ。……これ、世界OSのオーバーヒートを防ぐための、……命懸けのメンテナンスなんだけど」


高城さんの冷ややかな視線が、私の赤く染まった顔に突き刺さる。


「……あ……いや、……その……。……声が、……その……すごく、……誤解を招くというか……」


私は、床に散らばった「ドロドロの液体」と、佐藤くんの「キツい、入らない」という言葉の意味をようやく理解し、そのまま壁に頭を打ち付けたくなった。

世界をハックし、神の視座を得たはずの私の脳は、結局のところ、年相応の邪念に支配されていたのだ。


「……一ノ瀬、……もしかして、……僕たちが……その……?」


佐藤くんがようやく私の「突撃の理由」を察し、顔を真っ赤にして、持っていたファンを床に落とした。

その瞬間、私の動揺を検知した「世界最適化システム」が、良かれと思って「リラックス効果のあるアロマミスト(高濃度)」を部屋中に散布し始めた。

霧に包まれた密室で、はだけた作業着の二人と、勘違いして突入した私の、この世で最も「イカ臭くない」けれど「気まずい」夜は更けていった。

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