神の演算、あるいは不可避のラッキースケベ
「……佐藤、あんたの作った『世界最適化システム』、ちょっと過保護が過ぎるんじゃない?」
特別区の宿舎にある、三人の共同リビングに、高城さんの苛立ちを含んだ声が響いた。
佐藤くんが構築した【Project: Dear My Goddess】は、私の周囲の湿度や温度を調整するだけでなく、「私に不快感を与える可能性のある物理事象」を先回りして排除し続けている。
しかし、その日のシステムは、私の「ちょっと喉が渇いた」という微細な欲求を過剰に検知し、強引な「最適解」を導き出してしまったらしい。
私がキッチンへ向かおうと立ち上がった瞬間、システムは「最短ルートにおける障害物の排除」を決定した。
床に落ちていた高城さんの脱ぎ捨てたソックスを、お掃除ロボットが超高速で回収し、私の進路をミリ単位で整地する。
だが、その急加速によって生じた微かな空気抵抗の歪みが、運悪く(あるいはシステム上の演算結果として)、私の足元をすくった。
「……きゃっ!?」
私は派手にバランスを崩し、ちょうどノートPCの冷却ファンの異音を確認するために床に這いつくばっていた、佐藤くんの背中へとダイブした。
「ぐふっ!?」
佐藤くんの悲鳴が上がるが、システムによる「最適化」という名の喜劇はここで終わらない。
私が彼を押し潰した衝撃で、彼の背負っていたリュックのストラップが、私の制服のブラウスの第一ボタンに見事に引っかかった。
「あ、動かないで佐藤くん、ボタンが……!」
「わ、分かってる、でも今、システムが僕たちの接触による『異常な心拍数上昇』を検知して、強制冷却モードに入ってるんだ……っ!」
室温を急激に下げるため、エアコンが最大出力の冷風をリビングに叩きつける。
強風に煽られ、ストラップに引っかかっていた私のブラウスのボタンが、次々と音を立てて弾け飛ぶ。
さらにシステムは「一ノ瀬凛の視界を遮る物理的遮蔽物の排除」を目的として、なぜかその場にいた高城さんのスカートの裾を、自動開閉式の窓が「吸い込み」始めた。
「ちょっと!? 何よこの窓! 離しなさいよ!」
「高城さん、動いちゃダメ! 今、佐藤くんと私が、物理的に連結しちゃって……!」
結果として、リビングは地獄絵図となった。
ブラウスが全開になり、佐藤くんの顔面に胸元を押し付ける形になった私と、窓にスカートを食われて「見せパン」状態のまま必死に抗う高城さん。
そして、眼前の「生身の聖女」という至近距離の視覚情報を強制的に網膜に焼き付けられた佐藤くんは、鼻血を噴き出しながら白目を剥いた。
「……あ……ああ……。世界OS……グッジョブ……。……一ノ瀬、……君のブラジャー、……イチゴ柄だったんだね……」
「殺すわよ、佐藤」
高城さんの論理否定(物理的な拳)が佐藤くんの脳天に落ちるのと、システムが「対象の体温異常」を検知して消火用のスプリンクラーを全力で噴射したのは、ほぼ同時だった。
ずぶ濡れになり、はだけた服で肩を寄せ合う私たち。 世界を救った最強の三人は、高性能すぎるAIがもたらした「最適化されたラッキースケベ」という名の不可抗力の前に、ただただ沈黙するしかなかった。
「……ねえ、佐藤くん。このシステム、やっぱり『羞恥心』というパラメータを最優先で学習させたほうがいいと思うの」
私は濡れたブラウスを必死に抑えながら、真っ赤な顔で提案した。
佐藤くんは、賢者モードを通り越した「解脱」の表情で、静かに親指を立てた。
世界は確かに平和になったが、私を甘やかし続けるこの「神の演算」が止まらない限り、私の日常に本当の平穏が訪れることはなさそうだった。




