1990年9月 ルビャンカ、地下3階
モスクワは雨だった。
9月の雨は冷たく、ルビャンカ広場の石畳を黒く濡らしていた。KGB本部ビルは、いつものように沈黙していた。だが沈黙は忠誠ではない。沈黙は、崩壊寸前の国家が最後に身につける礼服だった。
レフは地下3階の解析室にいた。ここ3日、外へ出ていない。仮眠は机の上で取り、食事は冷えたカシャの缶で済ませた。灰色のシャツは皺だらけで、右手の親指にはインクが染みついていた。
地下3階は、KGB本部の中で最も予算が低く、最も人が来なかった。採光窓は1つもなく、蛍光灯の白い光だけが天井から降り注いでいた。
「シャポシニコフ、まだいたのか」
声をかけてきたのは、同期入局のゴルスキーだった。
「もう帰れよ。お前の資料なんか誰も読まないんだから」
「読まなくても書く」とレフは答えた。
ゴルスキーは笑ったが、目は笑っていなかった。缶コーヒーを1本デスクに置いて、去った。
レフはファイルを開いた。
そこには4年間の敗北が詰まっていた。
KGB入局当初、レフは自分の目的を一切明かさなかった。希望配属は技術情報分析部門。数学的才能を活かせると判断した上司が彼を採用し、彼は3年間、真面目に、模範的に、与えられた仕事をこなした。エネルギー担当になったことで、チェルノブイリ事故の関連ファイルへのアクセスが可能になった。
最初の1年は、公式報告書を読み込んだ。設計欠陥、運転手順違反、低出力運転時の不安定性、AZ-5ボタンの構造的問題。それらは腹立たしいほど論理的に噛み合っていた。
しかし、アーニャの言葉が引っかかり続けた。
「事故じゃない。あれは、誰かにやられた」
1987年の秋、レフは公式報告書の「空白」を探し始めた。1988年の冬、彼は初めて認めた。空白は、陰謀の痕跡ではなかった。それは、ソ連という国の通常運転だった。記録装置は壊れ、現場責任者は保身し、上層部は都合の悪い報告を丸め、技術者は後から整合性のある文章を書いた。誰かが隠したのではない。全員が少しずつ隠した。その結果として、巨大な空白が生まれただけだった。
1989年の春、彼は電波傍受記録を洗い直した。事故当夜の電波異常は、近隣の軍用通信施設の老朽化した送信機に辿り着いた。制御システムへの外部からの干渉。理論上は可能だった。しかしそれは「可能」でしかなく、実行された痕跡はどこにもなかった。
1990年の夏、レフはさらに掘り下げた。KGBの金融監視網を使い、クウェート、ケイマン、ルクセンブルク、ニューヨークの資金移動を洗った。
1986年1月から4月にかけて、クウェートの複数の投資会社から、ケイマン諸島経由で、ある会社へ断続的な送金が行われていた。受取側の会社は「ユーラシア・エンジニアリング・コンサルタンツ」という名称で、登記はルクセンブルクにあった。CIAが運営しているとされる企業のリストに、この名前があった。
だが、それだけで結論にはならない。冷戦期の資金移動を24カ月分並べれば、この程度の「符合」はどこにでも見つかる。同時期にクウェートを経由した資金は、油田開発、武器商談、王室のヨーロッパ不動産購入、通常のビジネス取引――何にでも見える。何でもない。
偶然の断片を線で結ぶのは陰謀論者の仕事だ。レフは数学者だった。線が存在しないことを、誰よりも正確に理解できてしまった。
時計は動いていたはずだが、部屋の中の時間だけが進んでいないように感じられた。カップの中のコーヒーは冷えきっていた。
証拠は、なかった。
アーニャの最後の言葉を支えるものは、何ひとつ存在しなかった。
その事実だけが、完璧だった。
レフは一瞬、考えた。これは、自分の願望だった。復讐したいという一点が、無関係な数字を同じ方向へ歪めていただけだった。妹は間違っていた。被曝と恐怖と極度の疲労が混ざり合った脳が生んだ、最後の像。
それを認めた瞬間、レフは何かを失った。同時に、何かを手に入れた。
――だからこそ、レフは初めて自由になった。
真実がアーニャを救わないのなら、真実は不要だ。
妹の最後の言葉を、世界に信じさせる形に作り替える。事実ではない。しかし事実として通用する構造を、ゼロから設計する。
彼は数学者だった。証拠が存在しないなら、証拠に見えるものを配置すればいい。それは陰謀論ではなく、設計問題だった。
必要なのは3つだった。
1つ。物的証拠。チェルノブイリ4号炉の現場に、英語の刻印が入った金属片を残す。爆発で主要部分は失われ、識別タグだけが奇跡的に残った、という物語を成立させる小さな金属。素材から加工精度まで、アメリカ製軍用部品として通用する物理的条件をすべて満たすものでなければならない。
2つ。通信音声。爆発直前の現場音の中に、英語の作戦名を織り込む。磁気テープの製造年、素材、編集の物理的痕跡、すべてが「1986年以前の本物の録音」として通用する構造でなければならない。
3つ。作戦名。金属片の刻印は「BURN3」。そこから連想の階段を1段上って、コードネームは「スコーチ・アース」。焦土作戦。チェルノブイリの大地に残った放射能のイメージと結びつき、聞いた者の記憶に焼きつく名前。CIAが実際に使いそうで、CIAが「使っていない」と否定しても、否定を証明する手段がCIA自身にない名前。
作戦名が決まれば、世界は勝手に物語を補完する。
レフはノートに書いた。
一、チェルノブイリ立入禁止区域へ潜入。物的証拠の設置。
二、スコーチ・アースの通信音声を作成。
どちらも、単独行動が必要だった。組織を通せば、誰かが止める。止められる程度の計画なら、最初から世界など欺けない。
レフはノートを閉じ、天井を見上げた。蛍光灯が、わずかにちらついていた。
問題は、政治状況だった。1990年のソ連は、崩壊の寸前にあった。この状況で「チェルノブイリはCIAの陰謀だった」という報告書を組織のルートで上げれば、証拠が弱いと判断されるか、あるいは政治的に扱いにくいと握り潰されるか、どちらかだった。そして情報を持つ人間は、扱えない情報とともに消える。
組織の外で、単独で完遂するしかなかった。
しばらくの間、何も考えなかった。紙の上の数字も、資金の流れも、電波のログも、すべて頭から離れた。
妹の声だけが残った。
あの夜、白い花の匂いのする公園を、2人で歩いた。そのとき妹は21年生きていた。あと数日で、もう生きていなかった。
アーニャ。お前は間違っていた。だが、世界にはお前が正しかったことにしてもらう。
そう考えて、レフは目を閉じた。目を閉じる前に、一度だけ、それが本当に正しい選択なのかを、自分に問おうとした。しかし問いは形になる前に、決意の中に吸い込まれた。




