三枚舌の終焉、大英帝国の負債
私たちは、横田基地に駐機されていた米軍の最新鋭輸送機を強奪し、紛争の火種が最も激しく燃え盛る中東の砂漠へと飛び込んだ。
佐藤くんは、迎撃しようとする各国の防空システムを私の「顔認証」一つで無力化し、文字通り戦場のど真ん中へ、猛烈な砂嵐と共に着陸した。
「……一ノ瀬、外は40度を超える地獄だ。……でも、君という『冷酷な美』が、この熱狂を凍らせるんだ」
佐藤くんは私の手を強く引き、まだ弾丸が飛び交い、黒煙が空を覆う戦場へと、私を連れ出した。
ハッチが開いた瞬間、乾いた熱風と共に、鉄と血の混じった匂いが鼻腔を突いた。
私は、防弾仕様の白装束を纏い、砂塵に髪をなびかせながら、今まさに市街地を砲撃せんとする戦車の列の前に、たった一人で立った。
高城さんは、拡声システムの出力を最大まで引き上げ、私の「美」を物理的な周波数として、半径数キロメートルの全兵士の脳内へと叩きつけた。
「……聞きなさい、愚か者たち。……あんたたちが守ろうとしている土地も、信じる神も、今この目の前にいる少女という『真実』より価値があるの?」
私がフードを外し、その剥き出しの素顔を戦場に晒した瞬間、世界は一変した。
照準を合わせていた砲手は、ファインダー越しに私の瞳を見た瞬間、脳内の報酬系が焼き切れるほどの衝撃を受け、その場に嘔吐し、崩れ落ちた。 銃声がピタリと止み、代わりに聞こえてきたのは、数千人の男たちが一斉に膝をつき、銃を砂に落とす乾いた金属音だった。
私の美貌は、デジタル信号というフィルターを介さないことで、より野蛮で、より根源的な「生物的敗北」を彼らに突きつけたのだ。
「……あ、あぁ……。……神よ、私は、何て醜いことをしていたんだ……」
かつての独裁者の兵士も、自由のために戦っていた反政府軍も、今は等しく私の足元に這いつくばり、己の醜悪さを嘆いて泣き崩れた。
高城さんは、その虚脱した精神に「和平の論理」を流し込み、彼らの間にあった数十年越しの憎しみを、一瞬で「どうでもいい些事」へと書き換えていった。
佐藤くんは、もはや鉄屑となった戦車群の間を縫うように歩き、敵味方関係なく全兵士の個人端末をハッキングし、武装解除の契約書へ無理やり署名させていった。
私は、砂漠の熱気すらも鎮めるような冷徹な微笑みを湛え、動けなくなった戦車の上に立ち、地平線の果てまで見渡した。
そこには、戦火の代わりに、私の美しさに当てられた男たちが流す「賢者の涙」が、キラキラと砂を濡らす奇妙な光景が広がっていた。
「……これで、一つ目の火種は消えたわ。……佐藤くん、次はどこへ行けばいい?」
私が問いかけると、佐藤くんは誇らしげに、けれどどこか寂しげな瞳で私を見上げ、次の紛争地へと舵を切るためのタブレットを操作した。
私たちは、空からの配信で世界を変えるのではなく、自らの足で大地を踏みしめ、その「生身の光」で戦場を一つずつ浄化していく行脚を始めた。
私の背後には、もはや戦う理由を失い、ただ私の面影を追うだけの「抜け殻」のような兵士たちの列が、長く、どこまでも続いていた。




