冬の国/言葉/赦せない/家
最初の冬。
ナイラは毎晩泣いていた。
言葉が通じない。
友人がいない。
故郷へ帰れない。
世界中から嘘つきと呼ばれる。
誰も自分を知らない。
ある雪の日。
施設の食堂で1人で座っていると、レフが向かいへ座った。
「ロシア語は覚えたか」
「少し」
「覚えろ」
「優しくない」
「優しくする理由がない」
ナイラは腹が立った。
しかし同時に思った。
この人は、私以上に苦しそうだ。
2年目。
ロシア語を覚えた。
3年目。
通訳が要らなくなった。
4年目。
ロシア語で夢を見るようになった。
それが怖かった。
ロシア語で夢を見るたび、クウェートを失っていく気がした。
ある日、レフに言った。
「私はクウェート人じゃなくなっていく」
レフは答えた。
「人間は1つの国だけではできていない」
「あなたもそうなの」
「俺は妹でできている」
その答えを、ナイラは10年以上忘れなかった。
7年目。
ナイラは真実を知る。
断片的に。少しずつ。
レフが嘘を作った可能性を。
しかし完全な証拠はない。
問い詰めることもない。
ただ理解だけがあった。
この男は世界を救ったかもしれない。
そして世界を壊したかもしれない。
どちらも本当だ。
だから赦せない。
だから離れられない。
13年目。
モスクワ郊外の家。
白い壁。林檎の木。
初めてここを見たとき、ナイラは思った。
私はこの家に住む。
理由は説明できなかった。
ただ直感だった。
後になってわかる。
庭に植えられていた白い花の名前。
ジャスミン。
レフの妹が好きだった花。
知らない誰かの思い出が、自分の帰る場所になった。




