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甘い罠と、偽りの救済

高城さんとの対峙を終えた私たちの前に、一台の白いセダンが静かに止まった。

降りてきたのは、威圧的な男たちではなく、柔らかい微笑みを湛えた一人の年上の女性だった。


「……戦う必要はありません。……私たちは、佐藤くんが見出した『平和の可能性』を支援したいだけなのです」


彼女は「特殊事象対策室」の心理カウンセラーだと名乗り、温かな眼差しで私たちを見つめた。


彼女の放つ空気は、これまでの追っ手とは違い、驚くほど平穏で、どこか母親のような慈しみに満ちていた。


「一ノ瀬さんの力を軍事転用しようとした過激派は、既に更迭されました。……今は、貴女を保護することが最優先です」


彼女の言葉に、張り詰めていた佐藤くんの肩の力が、目に見えて抜けていくのが分かった。

彼は、自分の考えた「平和利用」という理想が、公的に認められたのだと信じ込み始めていた。


「……本当ですか。……彼女を、もうこれ以上、戦わせなくていいんですね」


佐藤くんの声には、深い安堵と、彼女に対する無警戒な信頼が混じり始めていた。

女性工作員は、私の手を取り、冷えた指先を優しく包み込みながら、耳元で甘く囁いた。


「貴女の美しさは、世界を救うための聖母の光。……専用の施設で、その力を抽出させてください」


私は彼女の瞳の奥に、一瞬だけ、底知れない冷徹な計算が過ったのを見逃さなかった。

だが、佐藤くんの安堵した顔を見てしまうと、その不信感を口に出すことが躊躇われた。


「……分かりました。……佐藤くんが、それを信じるというのなら」


私たちは、差し出された救済の手に、自ら吸い寄せられるように車へと乗り込んでしまった。


車が走り出し、廃倉庫が遠ざかる中、隣に座る女性工作員の微笑みが、わずかに形を変えた。

彼女が手元の端末で送信したメッセージには、『コード:セイレーン、確保。……洗脳プロセスへ移行する』と記されていた。

佐藤くんは、彼女の差し出した「鎮静効果のある飲み物」を口にし、深い眠りへと落ちていく。

平和への一歩だと思っていたその道は、より巧妙に、より冷酷に仕組まれた、国家による完全な「家畜化」への入り口に過ぎなかった。


私は、意識を失っていく佐藤くんの体を抱き寄せ、静かに閉ざされていく窓の外の景色を見つめた。

心地よい香気と共に車内に充満し始めた催眠ガスが、私の思考能力をゆっくりと奪っていく。

信じることで得られたはずの安らぎは、絶望へと続くカウントダウンの始まりだった。

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