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もっとこう、荒涼としたものだと思っていた。
初めて見る魔族の領地は、思っていたよりもずっと普通だった。木々があり、河があり、人の営みがある。なんら人間と変わりない。
あれから3日。俺たちは飛空艇を乗り継ぎ、魔族の国の一つであるウラト、その中でも貿易で栄える街、「ボンダイ」へとやってきていた。さすがに帝国から直接魔族の国への航路はない。魔族との間で取引がある国に向かい、そこからここまで別の飛空艇できたのだ。
時刻は夕方。街全体を、オレンジ色の光が染め上げていた。「黄昏時には悪魔が住む」とは小さいころよく聞かされたものだが、現実にその光景が広がっていると、なんとも感慨深い。
飛空艇が停泊している港は、魔族の街に直結しており、そこは帝都に勝るとも劣らない賑わいを見せていた。一つだけ違うのは、行き交う人々が皆魔族だということ。
「これ、俺たちが人間ってわかったら取って食われるんじゃないのか」
「大丈夫。そういうことをするのは人間と戦争をすることで利益になる国だけ。ここは人間と貿易をすることで利益を出している。そんなに怯えなくても平気」
リーディが笑いながら、俺が目深にかぶったフードをめくり上げる。
「だから、そんなに隠さなくても。安心していいんだよ」
「いあやー、別にビビってたわけじゃないんだよ?そうじゃないんだけど、ほら、俺、鳴れない場所だとフードを深くかぶりたがる癖があるというか」
「本当、情けないわね。しゃんとしなさいよ」
「クリスさん、カッコ悪いですよ?」
「お前らも目深にフード被ってたじゃん! 何リーディの一言で安心してるんだよ⁉」
桟橋を渡りきると、大通りが目の前に広がった。通りの両脇には、取れたばかりの魚や貝を並べて打っている露店がある。屋台では、それらを網焼きにしている店もあった。潮の匂いと貝の焼ける香りが鼻をくすぐる。
「で、リーディ。アクセサリー職人はどこにいるの? この街にいるなら、早く話をしたいんだけど」
「この街から二日ほど、馬車で向かったところに小さなアトリエがあって、そこで一人でやってる。今日はもう、馬車を借りるお店は閉まっちゃってるから、今日はここで一泊して、明日向かおう」
「交渉日数は3日か……ギリギリだな」
「それもそうですけど、そもそも行動速度を上げるアクセサリーをその人が持ってないとダメなんですよね? もし持っていなかったら、どうするんですか?」
「あ……」
「なんですかその『今気づいちゃいました』みたいな顔。え? まさかですよね? 気づいてなかったなんてことありませんよね?」
「ごめん……」
「どうするんですか本当に!」
「アクセサリー屋でも見るか。もしかしたら、その人の作品が売ってるかもしれないし」
「アクセサリーショップなら、こっち。この街にはもう一つ、民芸品を売ってるお店もあって、そっちにも、もしかしたら効果のあるアイテムがあるかも」
リーディの先導で、大通りを歩く。途中、大きな宿屋があった。帝都でも見たことがないほどの大きさで、優に10階建てはあるだろう。
口を開けて眺めていると、リーディが笑いながら、「ホテルというのだ」と教えてくれた。いや本当、世界って広い。
その向かいには、まるで宮殿のような建物が建っていて、あれは何だと尋ねると、言葉を濁されてしまった。建物の前には黒いズボンに白いシャツ、まるで執事のような恰好をした男が二人、門を護るように立っている。そのうちの一人と目が合うと、不思議と通じるものがあった。なるほどあそこは男の楽園か。夜一人になったら行ってみよう。
「行かせない」
「心を読むのやめてもらっていいかな⁉」
大通りを途中で右にそれ、少し細い道を何度か曲がると、目の前にアクセサリー屋が現れた。ここは裏路地だが、表通りにあってもおかしくないほど、きちんとした店だ。ショーウィンドウに、色とりどりの宝石を使ったネックレスが展示してある。ヴィクトリアとアリアン嬢が釘付けだ。
気になったことを、リーディに聞いてみる。
「そういや、お金はどうやって支払えばいいんだ? 俺、帝国のお金しか持ってきていないんだが」
「それなら、そのまま使える。ここは人間の国と貿易しているところだから。主だった国のお金は使えるし、こっちのお金に両替もしてもらえる」
「帝国は、魔族と国交を持っていなかったと思うけど」
「国で持っていなくても、個人としての取引はある。儲かることが正義、ボンダイはそういう街だから」
「潔くて嫌いじゃないぜそういうの」
言いながら、扉を開けて中へと入る。瞬間、思わずため息が漏れた。
なんと見事にしつらえられた店内。天井から下がるシャンデリアは大きく豊かで、名のある匠が造形したのだと一目でわかる。敷かれている絨毯もふかふかだ。
「すごいな。帝国の宝石店が見劣りする」
「ここは、世界中の人間たちが魔族の品物を求めてやってくる。だから、自然と設備も洗練されるんだと思う」
「いやあ、これは魔族がすごいんだと思うぜ。正直驚いたよ。文化の程度で圧倒的に負けてるもんなあ」
俺は学も品もある方ではないが、それでも物事の良し悪しはわかる。
帝国も王国も、魔族の国に負けているというのはハッキリと感じた。
すげえな魔族の国……侮れん……。
「ちょっとクリス。早くこっちに来て、品物を見て頂戴」
ヴィクトリアにせかされ、ショーケースへと向かう。店員は、落ち着いた感じの女性だった。人間である俺を見て少しだけ驚いた気配を見せたが、すぐに丁寧な態度を取る。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか」
「そこの、一番華やかなネックレスと、端っこの金でできた指輪を見せて頂戴」
「かしこまりました」
店員が手袋を嵌め、品物をゆっくりショーケースの上に置く。ヴィクトリアがこちらを見てきたので、品物に意識を集中した。見えてきた結果を彼女に耳打ちする。
「ギラギラしたネックレスは、『抵抗 +中』で、金の指輪の方は『行動速度 +中』だ」
「ビンゴ!」
ヴィクトリアが指を鳴らす。そして、店員に向き直った。
「ありがとう。金の指輪を頂くわ。こちら、サイズはあるのかしら?」
「あいにくとこちら、現品のみとなっております」
「そう。ちょっとつけてみても?」
「もちろんですとも」
指輪のサイズは小さく、彼女の薬指にギリギリ入るかどうかというところだった。小指にも嵌めてみたが、こちらではブカブカで大きすぎる。サイズ調整が出来ないかと聞くと、4日ほどかかるとの返答だった。間に合わない。
「リーディに合うかどうかが一番の問題だな……どうしたヴィクトリア? 手を離してくれ」
「これ、あたしの薬指にぴったりなの」
「うん、まあぴったりというには多少無理が」
「ぴったりなの」
「……まあ、そうだね」
「これ、あたしがつけてもいいんじゃないかな?」
「戦略的におかしな話になるだろ。リーディ呼んで来よう」
「ほら、あの子の知り合いが他のアクセサリ持ってるかもしれないし」
「そしたら、その時考えようぜ。いつもの順番なら俺だし。おーいリーディ、こっちに来てくれ」
「うあー! 意地悪―!」




