88
「だーかーらー! ダメだって言ってんでしょ! 今のあたしたちの力で、Sランクの魔物は無理なの! 少なくともカムが今作ってる、リーディの防具と、最低でも彼女だけでも行動速度を上げるアクセサリがないと、太刀打ちできないって言ってるのよ!」
「そんなこと言われましても、このやり取りをしている間にも王種鬼はチラト公国を侵略し続けているのです。あなたたちに義憤の心はないんですか⁉」
「義憤で死んでりゃ世話ないのよ! じゃああんたは、あたしたちに死ねって言ってるわけね⁉」
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
「言ってるのよ!」
カウンターをはさんで繰り返されるやり取りを見ながら、俺は頭を抱えていた。
現在Aランクパーティーである俺たち『黒いメンフクロウ』のメンバー、ヴィクトリア・ノワールがウェーブのかかった亜麻色の髪を勢い良く振りながら、ギルドの職員とやりあっているのである。相手は、先般俺たちをギルド長のもとに案内した、あの胸の大きな彼女だ。
ギルドのランクは上からS、A、B、C、D、E、F、Gの8段階。
Sランクはここプリン帝国に一組しかいない。世界的に見てもその数は少なく、それこそ天災と呼ばれるような魔物が出てきたときに対応するような連中だ。平たく言って、人外である。
で。何の因果か、今俺たちはマルデ王国のSランクパーティー『探訪者たち』の推薦をうけ、Sランクへの昇格をかけた依頼を持ちかけられていた。
冒険者の間では神格視されているSランクへの昇格だが、強硬に反対しているのがいまもあの受付嬢と怒鳴りあっているヴィクトリアだった。Sランクはその名誉に比例し、危険度も跳ねあがる。今の俺たちの力では勝つことは出来ない、というのが彼女の見解だった。
俺自身、どうかと聞かれれば、確かに勝つことは難しいと言わざるを得なかった。装備が足りていないというのがその一つ。俺たちはAランクの魔物に打ち勝ち、その素材をもとに武器防具をうちのパーティー専属の武器職人であるカム・カーティスに作ってもらっているが、この装備でSランクを相手にするというのは心許なかった。たとえばどこかの遺跡に潜るなどして、今よりもっと良い装備を身に着けてから望みたい。
気になる点はあと二つあり、そのうちの一つがヴィクトリアも口に出していた『行動速度向上のアクセサリがない』ということだった。俺たちの戦い方は、基本的にメンバーであるリーディ・ヘイソォのスキル『咲き誇る花葬』で相手のスキルを封じてから、同じくメンバーであるアリアン・ブラックの『火樹銀華』で相手の動きを止め、袋叩きにするというものである。
結構徹底した先制攻撃型なのだ。ヴィクトリアの言う通り、最低でもリーディが相手より早く動くことができなければ戦い方のプランごと崩壊してしまう。
最後の一つは、単純にヴィクトリアが反対しているから、というものだった。このパーティーを、史上最速でAランクに押し上げ、またSランクに手をかけさせたのはまぎれもなく彼女の功績だ。その彼女が反対しているのに、無理で無謀な挑戦をすることはない。
そうそう、スキルスキルと言っているが、この世界では、一人一人が神と呼ばれる存在から、二つないしは三つの特殊能力を授かる。大抵は10歳までに発現し、その能力は多彩で多岐にわたる。俺たち冒険者は戦闘向きのスキルが多いし、生産職はそれに見合ったものだ。つまりは、スキルによって人々の職業が決まるといってもいい。他人には使えない能力が使えるのだから、他より有利になるのは当たり前だ。そりゃ誰だって、人に必要とされたいし、成果を出したいし、お金だって儲けたいだろう。
ちなみに俺のスキルは三つあり、以下のようなものだ。
【スキル1】素手喧嘩
敵一体に攻撃を行い、対象の速度を少しの間下げる。
【スキル2】組織暴力
しばらくの間、敵全体の防御力を減少させ、味方全体の攻撃力を上昇させる。
【スキル3】鑑定屋(パッシブ)
対象のステータスおよびスキル構成を確認することができる。
『パッシブ』とついているのは、自分では意識することなく常時発動する種類のものをいう。俺の『鑑定屋』は、対象が20メートル程度の距離にいて、その顔を見た時に発動する。
これと反対に、意識して動作を行う、または発動のキーワードを口に出すことで使えるのがアクティブスキルだ。冒険者の間では、敵全体に攻撃できるスキルが多いほど優秀とされていた。そのため、俺は以前いた冒険者パーティーをクビになっている。
ちょっと前であれば、誰かにこの話を振られた時、「いや、クビじゃないよ。自分から辞めるって言ったのさ」と言っていたであろう。だが、今の俺は自然に、自分がクビになったということを認められていた。そのおかげで今のパーティーを作ることができたし、今の自分に満足している。アリアン嬢、ヴィクトリア、リーディのおかげだろう。彼女たちには感謝してもしきれない。
だからこそ、彼女たちが危険に晒されるようなことは避けなければならない。もちろん冒険者である以上、ある程度の危険は避けられないが、死地とわかり切っている場所に飛び込むことはないだろう。
「大体、Sランクなら『明けの明星』がいるじゃない! あの人たちに依頼しなさいよ! 今のあたしたちには無理なの!」
「『明けの明星』は別件で2週間前から国外です!」
「じゃあSランクはいないからどっか別の国から助っ人を呼ぶのね! 頑張って手配してちょうだい! あたしたちは今回の依頼を拒否するわ!」
「あなた方に来ている依頼は、この依頼を解決しない限り他にありません!」
「じゃあこの国のギルドを辞めて他に行くだけだからいいわよ! それでいいわよねクリス!」
「お、おう……。まあ、そうだな……」
いきなり振られたため、「娘さんを下さい」と言われた時の父親のような対応になってしまう。
『明けの明星』は、帝国で唯一のSランクパーティーだ。全員が女性で構成され、その強さと美しさは世界で五本の指に入る。いや、強さはともかく、美しさについてはすでに世界一かもしれない。
通常、他のパーティーには自分たちの能力やスキルは秘密にしておく。それはつまり、対策を立てられ弱点となるのを防ぐためだ。
御多分に漏れず、彼女たちもその能力を秘密にしていたが、俺には『鑑定屋』がある。以前ふとしたきっかけで同席した際にステータスを確認させてもらったが、その能力は確かにSランクを張るだけのことはあった。特にリーダーのリザ・メナは、単独で魔王と戦うことも出来るかもしれない力を備えている。
「帝国以外だと、どこに行くことになるんですかね? 大きいのは王国ですけど、クリスさん前にいたとこ戻るのってどんな気分ですか? やっぱり嫌ですか?」
「いや、別に。もともと心機一転始めたいからって理由だけで王国のギルド離れただけで、今はもう全く気にならないな。王国行くなら美味い飯屋あるから、皆でいくか。俺結構自信もって案内できる店いくつかあるわ」
「いいですね! 連れてってください! それで、そこはその、例えばおしゃれなレストランで、夜景がきれいだったりとか」
「いや、ふっつーの定食屋」
「……ですよねー」
「楽しみ」
「リーディは黙ってて!」
肩を落とすアリアン嬢と、目を輝かせるリーディ。
カウンターではヴィクトリアと受付嬢が未だ火花を散らしていた。
「Sランクですよ! もう伝説じゃないですか! なんでこれを請けないんですか! 昇格したくないんですか⁉」
「死んだら二階級特進になるのかしらね! あたしたちがSランクを超えて何ランクになるのか楽しみだわ!」
「わからない人ですね! あなたでは話になりません! クリスさん! あなたはどう考えているんですか⁉」
「……え? 俺?」
受付嬢が、凶器ともいうべき大きな胸を揺らしながらこちらに話を振ってくる。それに目を取られながらも、俺は答えた。
「どうもこうも。ヴィクトリアがダメだっていうなら、俺も反対だわ。彼女がうちの頭脳だし。そんなわけで、今回はご縁がなかったということで。ヴィクトリア、帰ろう」
「そうね。これ以上話しても無駄だわ」
「家買っちゃったからな。帝国のギルド辞めて他に行くとなると売りに出すのがめんどくさいけど、どうしようか」
「別に売らなくても。別荘とかにすればいいんじゃないですか?」
「さすがアリアン嬢だ。そうしよう」
「クリスさん⁉」
声が裏返った受付嬢を尻目に、俺は彼女に告げた。
「残念ながら、冒険者を大切にしないギルドで、これ以上やる気はないんでね。さて、帰ろうかみんな。しばらくはゆっくりして、どこの国に行くか考えよう」




