87
深いため息をついた。
自分自身でも制御できないこの感情は何なのだろう、と彼女は思った。
今年で17歳になる。生まれた立場上、理知的なふるまいを身に着けてきたつもりだった。心で何を思おうと、それを表情に出すことはない。自分のいる世界では、正直こそがつけこまれる隙だと、よくわかっている。
鏡には、深く憂いた表情が映っていた。透き通るような金色の髪と、蒼玉のような深い青の瞳。年相応の少女の部分と、大人になろうとする瞬間の絶妙な美しさがそこにある。
自分の顔が、異性の興味を惹きつけることはよく知っている。縁談の申し込みが、いくつかの国から届いていたが、それはすべて断っていた。
どうしても、興味が持てないのだ。
彼女の興味はただ一つ。いかにして、あの男に自分の力を思い知らせてやるかということだけだった。
好意を寄せていたBランクパーティ『無窮の弓』のイガール・メシカ。彼らにこそふさわしいと思っていた武器職人、カム・カーティスを奪った男。
Cランクのくせに、Bランクと称される魔物『三頭火竜』を倒して見せ、自分たちはBランクなどにとどまるつもりはない、と大口を叩いた男。
「『正義の光』のメンバーはお前のせいで無謀な依頼を引き受けた」と冷酷にも彼女に告げた男。
あの男。クリス・イングブルム。
クリスが率いる『黒いメンフクロウ』は、すでにAランクに到達していた。あの時の、大ぼらとしか思えなかった言葉を実現したというわけだ。悔しさに唇を噛む。
同時に、そんな男が自分を諭してくれたことに、不思議な喜びを感じてもいた。
自分が、異性に、とりわけ冒険者に惹かれやすいことは、彼女自身が一番よくわかっていた。しかし、それにしても、あれほど自分に対し無礼な態度を取った男にまで惹かれてしまうのはどうだろうか。
いや、惹かれてなどいないはずだ、とかぶりを振る。これはただ単に、激しい感情の動きによって生まれた錯覚なのだ。そう、そのはずだ。
胸に手を当てる。いつもより、かすかに早い鼓動。
『黒いメンフクロウ』は、Sランクパーティ『探訪者たち』のサポートに参加し、彼らも驚くほどの活躍をしたという。『探訪者たち』はマルデ王国が誇る、文字通り世界一のパーティーだ。魔王を何度も討ち果たし、今回も魔王候補を討伐したという。
彼女の国は、それに比べると大分小さい。自分たちだけではギルドを維持することもままならず、また国自身も、プリン帝国という大国の属国として生き延びている。
もちろん自国で結成されたパーティーは何組かいるが、Sランクパーティーなど夢のまた夢だった。
帝国のギルドに所属しているため、王国のギルドの情報はあまり入ってこない。しかしながら、誰もが認める世界一のパーティーのサポートに参加し、成果を上げて帰って来るというのは、やはりすごいことなのだろう。
帝国に凱旋した彼らを待っていたのは、世界一のパーティーからのSランクへの推薦だった。
数日前にギルドを通じて発表されたこの情報は、今帝国中をざわつかせている。何しろ一年前まではEランクが精々だったパーティーが、いまや冒険者の頂点へと手をかけているのだ。世界中にいるどの冒険者も、これほどのスピードで駆け上がった者はいない。世界中が、固唾をのんで彼らの次の依頼を見守っていた。
また、彼に会える。
そう思うと、緩む頬を抑えきれない自分に気が付いた。いけないいけない。こんなことでは、実際に会ったときに、こちらの好意を悟られてしまうかもしれない。いや、好意ではないな。これは敵意だ。何しろ相手は彼女にお説教などをしたのだから。うんきっとそうそう。
彼らの次の依頼。それは、彼女が今いるこのチラト公国が舞台となる。
ついこの間、公国の領土内、マイセキ古戦場に魔王候補が一気に四体も現れ、Sランクパーティー『明けの明星』が敗れたばかりだというのに、またしてもSランク相当の魔物が登場である。うちはなんだ。Sランクの魔物を召喚する魔法陣でもどこかに描いてあるのだろうか。
来るのが『黒いメンフクロウ』でなければ、自らの運の悪さを呪うところだ。
ただでさえマイセキ古戦場には、魔王候補が陣取っている状態だ。『明けの明星』が敗れて以降、どのパーティーも手が出せないため、今どうなっているのかすらわからない。何しろ帝国には彼女たち以外にSランクのパーティーはいないのだ。公主の依頼により、他の国に救援を求めているらしいが、今のところ助けが来る気配はない。
それに加えて、今回の魔物だ。オーガが特殊な進化を遂げた、『王種鬼』である。自身の強さもSランクにふさわしい上、厄介なのは社会性を持つ点だった。階級を設け、下級のオーガに戦闘訓練を施す。そのため、何事もなければDランク程度の魔物であるオーガが、Cランクの力を持つという。
しかも、村々を襲い、増殖を繰り返す。公国の東方で発生したこの災禍は、すでに二つの村を飲み込んでいた。二つ目の村は、いち早く村人を避難させることに成功したが、一つ目の村の惨状は目を覆うばかりだという。
当初、ただのオーガだと思って討伐に向かったCランクパーティーは、散々な目に会って帰ってきた。奇跡的に一人たりとも欠けることはなかったが、精神的に完全にやられていた。もはや冒険者として復帰することは無理だろう。
事態を重く見た公主は、すぐに帝国に要請を出した。その決断の速さには彼女も感心せざるをえなかった。自分たちの手に負えないことを放置せず、すぐに相談をするのは本当に大切なことだ。
『明けの明星』が来るかと思われていたが、『探訪者たち』の推薦により、急遽『黒いメンフクロウ』がその任に当たることになった。ただし、彼らでは失敗する可能性があるため、後詰として『実に醜い鳥』が入っているという。
また、オーガの数が二百を超えているとの報告もあり、『黒いメンフクロウ』が複数のパーティーを連れて臨むと言われていた。
火急の事態であるため、彼と会えるのは王種鬼を討伐した後になるだろう。本当はもっと早く会いたいが、と考えて首を振った。いけないいけない。これじゃまるで、彼を好きな乙女そのものではないか。
首を振って、頭から雑念を払うと、窓に手をかけ、軽く力を入れて開く。大きく深呼吸すると、夜の静謐な空気が彼女の肺を満たした。
眼下には、かがり火がいくつも燃えている。
この営みを、民の暮らしを、これ以上蹂躙はさせない。そのための公主であり、公国であり、そして公女なのだから。
彼女、ルシール・チラトは強く決意した。なんとしてでも、民を護ってみせると。
本日より、大体2日に一話のペースで投稿していきます。
のんびりとお付き合いいただければ幸いです。
あ、タイトル変えました。




