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今回の戦果を報告するため、部屋に入る際には、リーディから借りた兜を装着することにした。これは『探訪者たち』のメンバーのスキルを見ないようにするための、苦肉の策である。兜の中で、目を閉じる、もしくは彼らから逸らすのだ。
部屋には、ヴィクトリアに先導してもらった。俺の手を引き、連れて行ってもらう。俺たちと入れ替わりに、誰かが出ていくのがわかった。さっきの話からすると、『夜の牙』の連中かもしれない。兜を被っているため、向こうからは全く気付かれなかった。
「いるわよ。あいつら。顔を上げないで」
ヴィクトリアに言われ、視線を床に落としたままにする。ちらりと、鎧の足先が見えた。
「『黒いメンフクロウ』です。戦果の報告に来ました」
「はい、お疲れ様。それじゃ教えてもらえる? 何を何匹倒したのかと、その証明ね。よろしく」
受付を担当しているのは、どうやらダイアナのようだった。他のメンバーの声はしないが、いるというのは気配でわかる。
ヴィクトリアが報告しながら、悪魔伯爵や黄玉龍の討伐証明部位をカバンから出していく。その数の多さに、さすがの『探訪者たち』も驚いたようだった。
「あなたたち、本当にこれだけの数の魔物を討伐したの?」
「はい、ご確認いただいた通りです。我々も皆さまのお役に立てて、嬉しい限りですわ」
「こっちのは黄玉龍の?」
「はい、こちらも討伐したものになります」
「でも、変ね。あなたたちの担当エリアには、悪魔伯爵が陣を構えていたはず。どうして黄玉龍が? 『魚鱗の陣』が担当していたエリアが、たしかそうだったはずなんだけど」
何か不穏な空気に変わったな。兜の中で、足元だけを見ながらそう思った。
パーティー間で、殺し合いが発生することは珍しくない。特に、こういう大規模な集団戦闘では。彼女たちはそこを懸念しているのだろう。つまり、俺たちが『魚鱗の陣』を殺して、その荷物を奪ったのではないかと考えているのだ。俺たちと『魚鱗の陣』の配置はかなり近いところだったし、彼らはまだ帰ってきていない。そう思うのも無理からぬことだった。
だが、ヴィクトリアはこの空気の中でも平然と応える。
「撤退の狼煙を上げた彼らを救いに行った際に討伐したものとなります」
「救いにね」
「はい」
「それで、救えたの?」
「ええ。二名ですが。またそのほかに、パーティー名はわかりませんが、逃げてきた冒険者を1名、合計3名の救助を行いました。『愉快な君』のビルさんが対応してくれましたから、間もなくこちらにも報告が来るはずです」
「すごいわね」
「大したことでは。当たり前のことをしただけです」
なかなかできることじゃないわ、とダイアナが心から感心した様子で言った。
確かに冒険者の間では、基本的に助ける、という行為はなにがしかの利害関係がない限り行わないのが当たり前だ。余計なことに首を突っ込み、それまでの全てが崩れ去ることだってあるのだから。
無謀なことをしたなあ、と思う。そうはいっても、次も同じシチュエーションがあればまた助けに行ってしまうかもしれない。なるべく控えるようにしよう。なるべく。
「でも、あれですね。もうちょっと手練れのパーティーを配置してくれると助かります。いちいち助けに行くのも手間なので」
その一言で、場の緊張感が一気に増す。緊張して、弛緩して、また緊張。『夜の牙』時代、王都に来ていた移動遊園地の木製トロッコの遊具を思い出した。あれもアップダウンが激しくて、こんな感じだったなあ。
「どういう意味かしら?」
「『魚鱗の陣』て、王国のパーティーですよね? レベル低くないですか? 『探訪者たち』がすごいのはわかるんですけど、もうちょっと後進も育成した方がいいと思いますよ?」
「ふうん。なかなか面白いことを言うじゃない。ここ何年も、貴方みたいな人はいなかったわ。あたしたちに、面と向かってそんなことを言える人はね? どうしてだかわかる?」
「単に遠慮してたんじゃないんですか? あたしはホラ、Sランクを目指してるんで」
ふふふ、と二人で笑いあう声が聞こえる。部屋の空気は最悪だ。もしも雰囲気に質量があるのなら、俺たちはとっくに押しつぶされているだろう。
「いや、実に頼もしいね」
その空気を変えたのは、柔らかいテナーの声。フレッド・カップスだ。立ち上がりこちらに近づいてくる音がする。
「それなら、君たちがこれからも手伝ってくれればいいんじゃないかな。うん、それがいいよ。そうすれば依頼の成功率も上がるし」ヴィクトリアの側に近寄った気配がする。「こういう、撤退するようなパーティーも出なくなるだろう?」
ヴィクトリアが、あの百戦錬磨のヴィクトリアが、その瞬間、確かに身震いした。フレッド・カップスは今、無能な味方はいらない、と言外にハッキリ言ったのだ。道理で。目的を達成した後、すぐに帰るはずだ。初めから、助けるという選択肢がないのだ。
「今回の件に関しては、通常の報酬のほかに、何か俺から贈らせてもらうよ。感謝の意味を込めてね」
ごくりと、自分の喉が鳴るのが分かった。報酬の代わりに、王国のパーティーを助けたことをなかったことにしろというのだろうか。
だがそんな俺の考えは、次の彼の言葉で霧散する。
「ダイアナ。今日の祝勝の宴の際、彼らの功績を大々的に称えよう。担当区域のみならず、撤退した味方のために危険を顧みず、命を救いに行く英雄。そう皆に紹介してくれ」
そして、ヴィクトリアに向かって言う。
「Sランクを目指してるんだったね。君たちならなれると思うよ。ぜひ頑張ってくれ」
部屋を出て、兜を脱ぐ。すぐに目に入ってきたのは、ヴィクトリアが自分の体を抱くようにしている姿だった。
「どうした、ヴィクトリア」
「あんな、あんな恐ろしい男、初めて……。考えが全く読めない……。全てにおいて、上を行かれたわ……」
上を行かれた? ヴィクトリアが?
まさかあ。
「ヴィクトリアが、知恵で後れを取るなんてことがあるんですか?」
アリアン嬢が不思議そうに聞く。俺も同意見だった。何一つフレッド・カップスに後れをとっていないと思うが。
「あたしの意見を利用して、全部自分たちの都合の良いように進めたわ。Sランクの連中が出来ていないことをあげつらうつもりだったのに、逆に制度を変えるのに利用された。彼らはあたしたちをまつり上げることで、依頼における『救出』の優先度を上げようとしているのよ」
「どういうことだ?」
「おそらく今夜の宴では、恥ずかしいくらいあたしたちを褒めちぎるはずよ。それを見た他のパーティーはこう思うでしょうね。『伝説のパーティーにあそこまで褒められるなんて、救出ってかっこいいことなんだな』って。道理で連中が自分たちで行かないはずよね。あたしたちのうち、誰でもいいから助けに行くのを待ってたとしか思えないわ」
そんなことがあるのだろうか。偶然じゃないの? と言いかけてやめた。彼女がここまで言うのだ。実際そうなのだろう。
「そうして、『救出』を主体的に行う組織が完成する。長い目で見れば、王国のギルドは世界に冠たる存在になるでしょうね。全く、どこまで考えが深いのかしら。嫌になるわ」
「あの男は底が知れない。あまり近づくのは危険」
リーディの言葉に、力なくヴィクトリアが首を振る。
「それも読まれてたわ。あの男が言ってたでしょ。『君たちがこれからも手伝ってくれればいいんじゃないかな』って。王国と帝国は別に仲がいいわけでもないし、今回だけのつもりだったのに、今後も彼らとは顔を合わせることになりそうよ。はあーあ。精々利用されないように頑張りましょうか。とりあえず、まずは冷静に。それから、なるべく波風を立てないようにしましょう」
大きなため息を一つつく彼女。俺たちは自分たちのテントを張るために、場所を探し始めた。




