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「皆、今日の戦い、ご苦労であった! ここに、我々の勝利を寿ぎ、祝杯を上げよう!」


 ダイアナの声に合わせて、各々が持ったジョッキが高く掲げられる。俺たちも、自前のジョッキに注いでもらった酒を掲げ、それから一気に飲み干した。アルコールの焼けるような感覚が、喉を下り食道に入っていくのを感じる。

 

 途中で救出をしたパーティーとともに、この急造砦に入ったのが二時間ほど前。入る前に、ジルベールには俺の影に戻って貰ったので、最後は俺たちが自分たちで引っ張らなくてはならなかった。これが重いのなんの。アリアン嬢も引っ張っていたのだが、「あとでジルベールさんにお礼を言わなければいけませんね」と言っていたので、それなりに彼の苦労を理解したのだと思う。


 寝袋にいれて運んだので、周りの連中は最初、それが死体だと信じて疑っていなかった。開けようとしたとき、『愉快な君(マコミカル)』のビルさんがいたのだが、俺が寝袋に手をかけようとしているのを見つけ、慌てた様子で駆け寄り、耳打ちをした。


「ここでは開けないほうがいいぜ……『探訪者たち』のフレッド・カップスは、死体を見ると機嫌が悪くなるんだ」


 俺はにこりと笑うと、構わず『魚鱗の陣』の二人と、パーティー名も聞いていない一人を寝袋から引き出した。一瞬ぎょっとした様子を見せたビルさんだったが、三人が生きているのを見ると、すぐに周りの連中に回復スキルを持った人がいないかを確認してくれた。さすが、キャリアが長い冒険者は違う。やるべきことをわかっていると言うか、痒い所に手が届く感じ。素晴らしい。


「こいつは驚いたぜ。まさか生きているとは。寝袋の入り口が締まってたから、てっきり死体かと思ったよ」

「馬車があればよかったのですが、あいにくとなかったもので。あの人数ですし、引きずってこなければいけなかったんですよ。それで、顔出してたら悲惨なことになるんで、あんな感じになりました」

「そいつぁ確かにそうだ! せっかく助かったのに、顔引きずられちゃあな!」


 ビルさんは豪快に笑うと、ふっと真剣な顔になり、俺の肩に手を置いた。

 

「ありがとう。仲間を救ってくれて。俺たちも、『敗北して撤退』の合図を見ちゃいたが、正直、助けに向かうだけの余裕なんかなかった。目の前の相手に精一杯でな。ああ、さすが魔王とその取り巻きだけあるぜ。だから、負けた連中は自力で逃げるか、さもなきゃ皆殺しにされると思ってた。もちろん、冒険者だから、その覚悟はあるぜ? だが、こうして生きて帰ってきてくれると、やっぱり格別だよな」


 そういうと、俺の目を見て、ふっと笑う。


「強くなったな。クリス。『夜の牙』にいた時より、ずっとだ。お前はすげえよ。もう、俺たちなんかとっくに超えちまってんだろ」

「何言ってるんですか。ビルさんたちはいつまでも俺たちの先輩ですよ。たまたま今回は運が良かっただけです」

「謙遜するなよ。周りの連中を見てみろ。今は俺が話してるから遠慮しているが、皆お前らに一言お礼を言いたいんだと思うぜ。敗走したやつを助けるような物好きは珍しい。そしてその分、尊敬もされる」


 確かに、他のパーティーが、先ほどからチラチラとこちらをうかがっていた。なるほど。何かしたかと思っていたのだが、どうやら単純にお礼を言いたかったとのことで安心した。元は王国の冒険者とはいえ、今は立派な帝国のギルドメンバーだ。何か敵対心を抱かれたのかと思ってドキドキしてしまった。良かった良かった。


「そういえば」周りを見渡すうちに、気になったことを聞いてみる。「『夜の牙』は? 無事だったんですか?」


 俺の顔を見ると、ビルさんはにやりと笑った。軽く親指で、作戦会議をした小屋を指さす。


「全員無事だよ。今頃は『探訪者たち』に、成果を報告している頃だろ。今回は、Sランクの魔王をはじめ、Aランクの魔物が大量にいたからな。あいつらも、大分討伐数を上乗せしたはずだ」

「ありがとうございます!」


 ビルさんにお礼を言うと、じゃあ、そっちの負傷者の方は任せろ、と言って、『愉快な君』のメンバーに何やら指示を出し始めた。俺は俺で、アリアン嬢、ヴィクトリア、リーディに声をかけ、例の小屋に向かう。通常、討伐報告等はギルドに帰ってから行うが、今回はいろいろな国のパーティーが来ている関係上、一度ここで取りまとめるのだろう。

 アリアン嬢が側に来る。その顔があまり晴れやかでないので、少し気になった。


「どうしたアリアン嬢。寝袋なら、新しいのを買うから」

「そんなんじゃありません! クリスさん、さっき私、『仮面舞踏会(マスカレイド)』ってパーティーのディーン・ディルって人から、お付き合いしてほしいって言われましたんです」

「お、おお……マジか」


 冒険者同士のカップリングは良くあるとはいえ、大抵は同じパーティー内で行われることが多い。苦楽を共にするうち、信頼が愛情に変わっていくからだ。

 二人が違うパーティーにいる場合は、一目ぼれか、さもなくばナンパ目的だ。まれに、同じクランという場合もある。

 『仮面舞踏会』? そんなどこの馬の骨とも知れないやつに、うちの大事なアリアン嬢を任せるわけには行かない。

 なかば父親のような気持でそう思っていると、ヴィクトリアとリーディも側に来る。


「あらあら、いいじゃない。チラッと見たけど、なかなかハンサムな人だったわよ。『いろいろと』経験も積んでそうだし、初心なアリアンちゃんにはピッタリじゃないかしら」

「ヴィクトリアさん、めちゃくちゃ顔が笑ってますよ?」

「だってほら、めでたい話だし……ねえ?」

「そう。アリアンはディーン・ディルとやらと付き合うべき。そしてさっさと戦線から離脱するといい」

「リーディ。本音が出てますけど」


 三人でやいのやいのと言ってるのを見ながら思う。アリアン嬢ももう一人前の女性だ。俺が父親のような気持でいたとしても、それは迷惑なんじゃないか。アリアン嬢の幸せを思うなら、俺は相手の男の心配などせず、明るく送り出してやるべきなんじゃないのか……。


「アリアン嬢。それで、どうしたんだい。俺は君の気持を尊重するよ」

「なんで目から赤い涙が出てるんですか? 怖いんですけど」

「そうよ。どうなったの? 連絡先くらいは聞いたんでしょ?」

「文通から育まれる愛。悪くない」

「『はい、ありがとうございます』と言いましたよ」

「それだけ?」

「ええ、それだけです」


 リーディの問いに、真顔で返すアリアン嬢。

 これはあれだ。何かの本で読んだことがある。どこかの国で、相手を傷つけないように断るテクニックのやつだ。「ありがとう」とは言うけども、「付き合う」とも、「貴方のことが好き」というわけでもない。誤解すると、陰でぼろくそ言われるタイプのやつだ。

 ヴィクトリアが唇を噛む。


「いい男だったと思うけど?」

「前も言いましたけど、私には心に決めた人がいますからね。残念ながら、その人に比べたら鼻くそみたいなもんですよ」

「言い方よ」

「ふううん? でも、その人が貴方に振り向くとは限らないわよね? もしかしたら、もっと魅力的な女性に夢中になってるかもしれないわよ? 妥協した方がいいんじゃないかしら?」


 なぜか両手で髪をかきあげるヴィクトリアに対して、アリアン嬢は全くぶれない。


「ま、その時はその時ですよ。私、こう見えて意外と執念深いんです。そう簡単に他には奪われませんよ」

「まだレースは続く、か」


 アリアン嬢の言葉に、リーディがため息を付く。俺は心の中でディーンに同情していた。アリアン嬢の可憐な笑顔で「ありがとうございます」なんて言われた日には、勘違いせざるを得ないだろう。


「アリアン嬢、他にもそんな感じで返答した相手とか、いるの?」

「? はい、いますよ。全部で、ええと……。16人くらいですかね」

「そのうち、『アリアン嬢被害者の会』とかできるんじゃね?」

「でもほら、向こうが勝手に勘違いしているだけなんで」


 そういって笑う。その笑顔は、やはり眩しいくらい可憐だった。


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