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「結局、あれだけ探して、見つかったのは一個だけでしたか」
「レア素材って、狙うと出ないものなのね。これは悔しいわ。もっと出てもよさそうなものなのに。ジルベール。あんたもっと呼び出せないの?」
「無茶を言うな。連れてこれる量にも限度がある。どうしてもというなら、今他の場所で戦っている連中を倒すことだな」
「待てヴィクトリア。立ち上がるんじゃない。アリアン嬢も、落ち着いて一回座れ」
ジルベールの声に、すっくと立ちあがった二人を制す。しぶしぶといった感じで座る二人を見て、リーディがにやりと笑った。
「二人とも、往生際が悪い。今日の勝者は私。おとなしく認めるべき」
彼女の手には、金色に輝く歯車が握られていた。
そう。あれから三十分。すべての悪魔伯爵から素材を剥ぎ取り終わり、俺のもとに戻ってきた三人。その中で、唯一歯車を手にしていたのがリーディだった。クールな彼女にしては珍しく、歯車を持った右手を振り回しながらの登場だ。よほど嬉しかったのだろう。
先ほど、ジルベールが余計なことを言ったせいで、変に意識してしまう。畜生あいつめ。変なことを言いやがって。
「クリス」
「お? おう、なんだ?」
割と近い距離に顔が来たので、少しどぎまぎしてしまう。こう見ると、やはり彼女は整った顔をしていた。切れ長の黒い瞳は黒曜石のようで、少し濡れているようにも見える。肌の色が白いせいもあって、黒い瞳と眉、それにすらりとした髪の毛が際立っている。
ちなみに、戦闘時は驚くほど頑強で重厚な全身鎧を纏って戦う。今は兜を外しているため、彼女の素顔が見えている状態だ。
兜は、鬼の顔が額に飾られた、顔をすっぽりと覆い隠すものだ。それにあの重たくて大きい戦槌。遠目に見たら、身長2メートルの大男が中に入っているとしか思えない。
そんな彼女が、ごつい全身鎧をもじもじさせながらいう。
「帰ったら、ちょっと一緒に行きたいところがある」
「おう、いいぞ。どこだ?」
「それは帰ったら教える。だから、無事に帰ろう」
「なんだか、急に生きて帰るのが難しい気がしてきたぞ」
アリアン嬢とヴィクトリアは何も言わない。これが、先ほどジルベールが言っていた「モーションをかけるのが誰か」ということなのだろう。
なんかむずがゆいな。ヴィクトリアみたいに、めっちゃストレートに行為を伝えてきてくれるのだろうか、なんと答えよう。
……と考えて、そんなことがあるはずないとかぶりを振る。
小さい頃も、似たようなことがあった。村の女の子に呼び出され、うきうきしながら出かけた時のことだ。
よく遊んでいたから、俺のことを好きだと思っていたのだ。
呼び出された俺に、その子が言った一言はこうだ。
「ダニが好きなの。この手紙を、渡してほしいんだけど」
しかも、とびっきりの笑顔に、ダメ押しの「クリスなら、私の気持ち、誰よりもうまく伝えてくれると思って」と来たもんだ。あれ以来、俺は女性というのは魔物よりもたちが悪いものだと思っている。男には、とてもその真意を推し量ることなどできないのだ。
わかったよ、とだけ言って、狼煙の準備に入る。とりあえず、帰ってから考えよう。今はどんなに考えたって答えは出ないし、それに、期待すればするだけ辛い。
狼煙からは、青い煙が上がった。これは『探訪者たち』のサポートをする全てのパーティーに持つよう指示されているもので、勝利の際に上げることが義務付けられている。
敗北の際は、赤い煙だ。先ほどから、いくつかの場所で上がっている。
『探訪者たち』のみ、特殊な色を使用する。勝利は緑色、敗北が橙色だ。
「『探訪者たち』からは、まだ狼煙が上がりませんけど、私たちはどうするんですか? 撤退ですか?」
アリアン嬢が、首をかしげながら聞く。
「いや、何かしらの合図があるまではここで待機だね。勝利の狼煙が上がればそのままさらりと撤退、敗北なら前方の味方の安全を確認しながら撤退。で、どちらも上がらず日が傾き始めたら、これもまた撤退」
「今日中に決着がつかないことなんか、あるんですかね」
「昔の話だけど、魔王とは3日くらい戦い続けたって話もあるくらいだから、もしかしたらあるかもね」
ヴィクトリアが答えた。リーディは興味がなさそうに、水筒から水を飲んでいる。俺の影の中で、ジルベールが鼻を鳴らす。
「魔王候補が圧倒している可能性もあるぞ? それこそ、合図を上げる暇もなく、な。いかに魔王討伐の実績があるといえど、所詮過去のこと。我々とて、何度も進出を阻む輩のことは調べている。今回来ている魔王候補は、そこから導き出された最適解を備えた方だ。今までとはわけが違うと考えたほうが良い」
「あ、狼煙が上がりました。緑色です」
「さすが『探訪者たち』よね。今回も勝ったかあ。これで何体目?」
「もう全部『探訪者たち』でいいんじゃないかな」
「嘘でしょぉー!」
さてと、と声を出して、カバンを確かめる。緑の狼煙が上がったので、このままカジュアルに撤退だ。前の時は死も覚悟しなければならない撤退戦だったが、今回はかなり楽な気持ちで帰ることができる。影の中でジルベールがずっと「ありえない……ありえない……」とつぶやいていて、ちょっと怖かった。仕方ないんだ。人間から見ても。あの人たちは人間じゃないように見えるんだから。
「あの、せっかくですから、『探訪者たち』が戦った後を見てから帰りませんか?もしかしたら、彼らのスキルに関するヒントが掴めるかも」
「アリアンちゃん! なんて素敵なアイデアなのかしら! そうよ、ヒントだけでも掴めるかもしれないし、あたしは賛成!」
「私も賛成。戦うことはないと思うが、敵のスキルを知っておくのは大事だと思う」
「敵って言ったね? 今、敵って言ったよね?」
全員一致となったので、世界最強のSランクパーティーの戦闘の跡を見てから帰ることになった。なに、俺たちのところは全部片付いてるし、『探訪者たち』も同様だろう。残党がいても、俺たちなら片づけるのはそう難しくない。
彼らが戦った場所までは、歩いて500メートルといったところだった。砦だけに、道中高低差があり、見た目以上の距離感を感じる。
「なんだ、こりゃ」
階段を昇り切ると、そこは高い壁に囲まれた、広場のような場所だった。それ自体は不自然ではない。
問題は、その状況だった。
きれいすぎるのだ。戦闘などなかったかのように、何一つ物が壊れず、地面も抉られず、およそ破壊の痕跡が見当たらない。
そしてさらに奇妙なことに、魔王候補とやらの死体も、その取り巻きの死体もない。
「死体がない……?」
「持って帰ったんじゃない? まああったとしても、この世界の神のルールで、討伐したパーティーのみが魔物から素材を剥ぐことができるんだから、あたしたちに分け前なんかないわよ」
「そうじゃないんだ。魔王候補の死体なら、持って帰るのはわかる。どんな素材が採れるかわからないからな。だが、取り巻きの死体もないのはおかしい。俺たちだって、死骸をそのまま持って帰るのはよほどの相手の時だろう? 取り巻きまで持って帰るのは、質量的にも常識的にも無理がある。それに」
周りを見渡す。戦闘が行われたとは思えない、とてもきれいな広場。真ん中に、ぽつんと狼煙だけがあり、緑色の煙を上げ続けていた。
「こんなきれいな戦い方する冒険者を、俺は見たことがない」




