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「えーっと……」
「元々は不幸な行き違い。命さえ助けていただければ、私は生涯、貴方のために剣を振るうと誓います! ですから、その長槍斧を収めていただけないでしょうか」
「そんなこと言って、この場を逃れるための方便ですよね?」
「そ……そんなことは……」
大量の汗をかき、顔をそむける公爵。嘘が下手すぎるだろコイツ。
「誓わせることは可能」
「リーディ?」
口を開いたのはリーディだった。公爵に近づくと、その心臓に指を当てる。
「アリアン、ここに指を当てて」
「こうですか?」
「さて、お前には今二つの選択肢がある。このまま死ぬか、それとも、本当に彼女に忠誠を誓うか。私はどちらでもいい。好きな方を選べ」
ぞっとするほど冷たい声だった。
「どうしてそれを……。お前は一体……」
「そんなことはどうでもいい。誓うか、死ぬか。二つに一つ」
そっぽを向いたままだった魔物が、やがて観念したようにアリアン嬢を見て言った。
「わかりました。私は生涯、貴方に忠誠を近い、その剣となります」
言った瞬間、淡い赤の光が、心臓に押し当てたままのアリアン嬢の手を包んだ。
リーディが満足したように言う。
「これで誓約完了。この魔物は貴方の下僕になった」
「ええー……そうですかぁ……」
「なんでそんなに不満そうなのかわかりませんな。貴方はSランクにも届こうというこの私を下僕にしたのです。もっと誇っていただかなければ」
拘束が解け、立ち上がった悪魔公爵が、衣服の汚れを落としながら言った。
「私も、妻と子供がいる身。どうしても、今死ぬわけには行かなかったのです。そんなわけで、これからよろしくお願いします」
「なんという俗っぽい理由」
「ていうかこれ、脱出の時連れてたら絶対怪しまれますよね?」
「イヅモの時みたいに、死んだふりさせたら?」
「冒険者の集まりよ? バレるに決まってるじゃない」
「ん……。困った」
「あ、それなら大丈夫です。私、影に潜れるので」
ええー⁉ 何その特技⁉
「ていうか、誰の影に潜るわけ? あたしは嫌よ。乙女のプライバシーがなくなっちゃうもの」
「ククク。言われなくてもこっちからお断りです」
「ああ⁉」
「実はもう決めているのですよ。なにしろ我が」
「あ、私も嫌です」
アリアン嬢の一言に、そのまま固まる魔物。悪魔と人間の取引は童話にも良く出てくるテーマで、悪魔が悪知恵で人間を騙そうとあれこれするのだが、人間に言い任されているパターンは初めて見た。
「え……なんで……」
「何でも何も。私も女の子ですよ。なんだって貴方みたいに怪しい人を影の中に入れておかなければいけないんですか。まっぴらごめんです」
「まっぴら……」
「じゃあ」
リーディ、と言いかけて、口をつぐむ。リーディが全身から「No」のオーラを発している。うかつに勧めると、後でどれだけ恨まれるかわからない。こないだシチューの中に肉が少なかったというだけで、三日ほど無視された過去を思い出す。怒鳴ったり暴れたりはしないが、俺は彼女が起こるのが一番怖い。
しょうがない。覚悟を決めて口を開く。
「俺でいいんじゃないか。俺なら、覗かれて困ることもないし」
「えーいや、私男性は……」
「それいいですね!」
なぜか渋る悪魔と、うきうきとした表情で答えるアリアン嬢。
「……! わかったわ! あたしの影に入っていいいから! その魔物、クリスの影に入ることを嫌がってるみたいだし、最初あたしの陰に入ろうとしてたし、ちょうどいいでしょ! そうしましょ!」
「ククク……! やっと私の魅力に気が付いたんですね! 私としても、そうしていただけると非常に助かる」
「飼い主命令です。クリスさんの影に入りなさい」
「はい……」
ヴィクトリアが何かに気が付いたようで、自分の影に入ることを提案するが、アリアン嬢は強い口調で悪魔公爵に俺の影に入るように命じた。
誓いの主による命令には逆らえないのだろう。しぶしぶといった様子で俺の影に身体を沈めていく。あっこいつ、今舌打ちしやがったな。あとでアリアン嬢に言いつけてやる。
ていうか今さらっと流してたけど、アリアン嬢、今君、「飼い主」って言ってたよね?
「アリアンちゃん、あなた、おとなしそうな顔して中々やるわね」
「ヴィクトリアさんの名参謀っぷりをいつもアリーナ席で見てますからね。このくらいの知恵は回るようになりますよ」
なぜか視線をぶつけあう二人。やがてアリアンがにっこりと笑うと、俺の影に向かって話しかけた。
「悪魔公爵。あとで話があるわ。ここから無事に脱出して、落ち着いたらあたしのもとに現れなさい。いいわね」
「御意」
唇を噛むヴィクトリア。一体何がそんなに気に入らないんだろうか。
「さて、これで私たちの受け持ち部分は解決ですね」
「今のうちに、素材集める」
リーディがそう言いながら、悪魔伯爵達の素材を剥ぎにかかる。俺たちもそれに倣い、それぞれ目についた魔物の素材を採りにかかった。
「そういえば、お前に名前はないのか?」
ふと気が付いて聞いてみる。影の中から、けだるそうな返答が帰ってきた。
「名前など、ないわ。人間風情が、気安く話しかけるな」
「名前ないと不便だよな。なんかいい名前があるといいんだけど」
「だから、気安く話しかけるなと言っている。もし名前があっても、貴様などには教えぬよ」
「おーいアリアン嬢ー。こいつが名前を教えないとか言ってるんだけどー」
「はあ⁉ そんなわけないですよ。もう一度聞けば教えてくれるはずです。ねえ? そんなことないですよね?」
「だとさ。で、お前の名前は?」
「……ジルベールです」
「そうか。よろしくジルベール。別に喧嘩したいわけじゃないんだ。仲良くやろうぜ」
その時、俺たちの右前方から爆発音が起こった。素材から手を放し、座ったままの姿勢で武器に触れる。あそこはどこが担当だったか。確か、『魚鱗の陣』が配置されていたはずだ。
彼らのスキルによるものだろうか。こんな爆発をさせるものがあったかどうか、記憶を手繰ってみるが思い当たらない。
まあ、撤退を行う際は、『明けの明星』の時同様、狼煙を上げる手はずになっている。それが上がっていないということは、まだ彼らは戦っているのだろう。
他を見回すが、大分遠くの方、方向性で言うと、入り口から見て二時といったところだろうか。そこから一つ、撤退の狼煙が上がっていた。他で上がっていないところを見ると、別のパーティーが対応したのだろう。
「ジルベール。あっちの方にいる魔物は何だ?種類と、知っていればスキル、あと数だな。それを教えてくれ」
「君はあれかな? 少し足りていないタイプの冒険者かな? 腐っても悪魔公爵であるこのジルベール、味方の情報を漏らすなど」
「もう味方じゃねーだろ」
「……む。確かに。だがしかし、それでも元同僚。そうやすやすと教えては」
「おーい。アリアンじょ」
「わかった! わかったから! 何か困ったことがあると、すぐ彼女に言いつけようとするのはやめてくれ!」




