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「あたしたちも出世したものね。大分『探訪者たち』に近い場所じゃない」
「ここ抜かれたら、直接彼らに影響が出ますね。責任重大だなあ」
「大丈夫。なんとかなる。多分」
リーディが気楽なことをいうのは珍しい。アリアン嬢とヴィクトリアが驚いたように彼女を振り返り、それから三人で笑いあった。
不思議なもので、彼女が言うと本当にそうなるような気がしてくる。
「さあ、じゃあ、明日に備えて寝ましょうか」
「そうね。もう休まないと。クリスも休むでしょ?」
「おう。明日は激戦になる予感がしてるしな。寝不足のせいで力が発揮できないってのはごめんだぜ。とはいえ、興奮してるのか、寝付けるかは疑問だけどな」
「眠れなくても、目を閉じているだけで大分違う。すぐに床に就くべき」
依頼を請けて魔物を討伐する時に、何日も泊りがけで魔物を探さねばならない時が当然ある。そういう時、俺たちが使っているのが寝袋だった。軽く、折り畳み可能なこの製品は、ある程度の冒険者であれば必携と言えるほどのアイテムだった。これがなければ、固い地面の上で寝るしかない。ベッドにはかなわないものの、あるとないとでは疲れの取れ方が違う。
各国、各デザイナーによって様々な品物が出ているが、俺が愛用しているのは背中の綿がちょっと厚めになっているものだった。年のせいだろうか。これでないとよく眠れないのだ。
自分の荷物から寝袋を取り出し、広げる。床に広げて寝ようとすると、アリアン嬢、ヴィクトリア、リーディの三人が動いていないことに気が付いた。お互いを見つめ、ゆっくりと自分の寝袋に手を伸ばそうとしている。
何やってるんだろうこの人たち。
「何してるんだ? 寝ないのか」
「勿論寝ますよ。今そのための準備中です」
寝袋に身体を潜り込ませながらそういうと、アリアン嬢から異様な緊張感をはらんだ返答が返ってきた。ていうか寝る準備にそんなに緊張する必要ある?
あ、あれかな。俺がいるから眠りづらいんだろうか。寝てる間にいびきかいてるかもしれないし、確かに女性としては隣で寝るのが嫌かもしれない。
気を遣って移動しようと、もぞもぞ寝袋を動かすと、リーディから鋭い声が飛ぶ。
「何してるの」
「いや、寝る場所、俺が邪魔してるのかと思って。だから、端っこに移動を」
「いい。余計なことしないで。そこにいて」
「……はい」
なんだろう。ついぞ魔物との戦いでも聞いたことのないような厳しい声だ。その声に押されるように、もぞもぞと元の場所に戻る。
「さて、じゃあ場所を決めようかしら。まずは全員の希望を出して、被ったら話し合いがいいんじゃないかしら」
ヴィクトリアの提案に、二人が頷く。その表情は真剣そのものだ。
これ、俺は何を見せられているんだろうか。
「じゃあ、いっせーのせで言うわよ。……いっせーのせ! 左隣!」
「左隣!」
「左隣!」
お、綺麗にハモったな。
「ふうん……どうして左隣なんですか? 右でもいいんじゃないですか?」
「今なら右はがら空き。チャンス」
「ふん。あなたたちもわかってて言ってるんでしょう? 寝返りの癖を。左は、どうしても取るべき場所……!」
「……チッ、知られてましたか」
「さすが、抜け目ない」
これはあれかな? 俺が寝返りしてきたら嫌だってことか? それなら、やっぱり俺が端っこに行った方がいいんじゃないだろうか。
うっかり寝返りをしてしまい、彼女たちに避けられる自分を想像し、げんなりする。
再び移動しようとすると、ヴィクトリアが目ざとくそれを見つけた。
「ちょっとクリス、どこに行こうとしてるのかしら?」
「え? だから、邪魔にならないように端っこに」
「そこにいろって言ったのが聞こえなかった? 戻って」
「はい……」
泣きそうになりながら、またしても元の位置に戻る。なんなんだ一体。
「これは、どうしても決まりそうにないわね」
「暴力に訴えても、私は一向にかまいませんよ?」
「受けて立つ」
「ちょっと! それはずるいわよ! あれでいきましょう! 恨みっこなしの一発勝負よ!」
「いいでしょう」
「仕方ない」
「せーの! じゃんけん!」
ぽい、と言おうとした瞬間、テントの入り口がノックされた。柱部分がこんこんと音を立てる。
「はい」
こんな夜中に誰だろう。若干の警戒感を保ちながら答える。少しの間があって、テントの向こうから聞こえてきたのは、少年のころから散々聞いたあの声だった。
「久しぶりだなクリス。俺だ。ちょっと今、いいか?」
ダニ・アンヘル・ヘア。
Aランクパーティー『夜の牙』のリーダー。
俺の親友。
「ああ。別に構わないぞ。皆、少し出てくる。悪いけど、先に寝ててくれ」
「……わかりました」
「仕方ない」
「……となると、問題はどこにどう寝るかよね。さあ、それじゃ、決めようかしら。今宵の女王を!」
また何か始めた後ろを放置し、上着だけ羽織って外に出る。天幕の向こうで、見慣れた青い瞳がこちらを見ていた。
「よう。久しぶりだな」
「久しぶり。元気だったか」
お互いの肩を抱き合う。何度となく、共に死線を潜り抜けて時によくやった行為。嗅ぎ慣れた、太陽のような匂いは相変わらずだ。なんとなくほっとする。
「まさかお前が来てるとは。『探訪者たち』に呼ばれた時の声を聞いて、もしかしてと思ったんだ。そしたら案の定。あそこにいたってことは、リーダーやってるんだろ? 俺との約束通り、昇り詰めてくれたなこいつ!」
屈託のない笑顔で、ダニが俺の肩を小突く。つられて、俺も笑ってしまった。
「まあな。苦労したぜ。積もる話をしたら軽く二晩はかかるね」
「しかも序列第8位だろ⁉ どんなマジックを使ったんだよ。俺は最初、人違いかと思ったぜ。でも俺がお前の声を聞き間違えるはずがないしなあ、で、よくよく見たらやっぱりお前だった」
「まあ、それに関しちゃ俺が一番驚いてるよ。うちのメンバーがすごくてな。俺はおまけみたいなもんで」
「でも、お前の人徳で集まってるんだろ。『探訪者たち』に名前を呼ばれていた『黒いメンフクロウ』のリーダーがお前だったことにはびっくりしたけど、同時にたとえようもなく誇らしくて嬉しかったよ。見てるか、俺の親友はこんなにすげえんだって」
「ダニ……」
「ありがとうな。クリス」
突然変わったダニの声のトーンに、戸惑いを隠せない。
「何が」
「あんな形で、お前に退いてもらって……いや、そんないいもんじゃなかったな。俺たちは、あの時お前を置いて行ったんだ。他の誰よりも、お前を必要としてたのは俺だっていうのに」
「ダニ。いいんだ。あの時俺は自分の意志で」
「いくら詫びても、詫びきれないことをしたと思う。だが、お前はそれにもめげず、新しくパーティーを作り、たった1年とちょっとで、俺たちの上を行くパーティーを作り上げた。すげえよ。本当にありがとう。お前のおかげで、俺は救われた気がするんだ」
そういって、頭を下げる。俺は、そんなダニの肩を掴むと、ゆっくりと引き上げた。
「馬鹿だなお前は。そんなことで悩んでたのか」
「だってよ……」
「確かにそりゃ、あの時はショックだったよ? でもま、今となっては必要なことだったんじゃないかって気がするよ。俺の方も、お前らに誠実に対応できてたとは言い難いところもあったしな。だから、もう謝るな。お互い様だ。俺の方こそ、力になれなくって悪かった」
「クリス……」
スキル『鑑定屋』や『組織暴力』を隠し、彼らが「役に立たない」と判断するきっかけを作ったのは俺だ。
お互いに頭を下げている、滑稽な格好に気が付き、そのうちどちらともなく笑いが漏れてきた。そのうち、お互いに肩を叩きあって笑う。
いつ以来だろう。こんなに、何の痛みもなく笑えたのは。




