70
大男に囲まれながらも、全く表情を崩さないフレッド・カップス。
胸倉を掴まれながらも、平然としている。この程度の連中など、歯牙にもかけていないということか。
その姿勢のまま、伝説のパーティーのリーダーが、ぽつりとつぶやいた。
「本気で、俺とやるつもりか?」
何の感情もこもらないその声は、この場では明らかに異質なものだった。
焦りも、興奮も、何もない。本当に、ただ音を出したというだけ。
「死ぬよ?」
そのたった一言だけで、歴戦を潜り抜けてきたはずのAランクパーティが、思わず手を放してしまう。殺気がないのが、逆に異様なのだ。
命を、何とも思っていない。自分のも、他人の物も。
思わず手を放してしまった大男が、自分の手を信じられないといった様子で見る。それから、離れていてもわかるほどの殺気を込めてフレッド・カップスを見た。
「こ……殺してやる!」
そういうと、白銀に輝く鎧の腰部分から、剣を抜いた。
ざわざわとした気配が広がる。それはそうだろう。サポートで来たパーティーが、メインを担当するパーティーに対し、敵対行為を行っているのだ。問題にならないはずがない。『破戒僧』がどこのギルド所属なのか知らないが、担当のギルドが王国のものでなければ、後始末は相当大変だろう。王国のギルドであっても、その管理責任は免れまい。
「死ね!」
力強く男が地面を蹴る。大上段から振りかぶった一撃は、すさまじい剣速を伴って『探訪者たち』のリーダーへと襲い掛かった。
さすがはSランクに昇りつめる寸前にいる男。その一撃は岩をも切り裂かんばかりの轟音を伴っていた。
しかし、その刃が彼に届くことはなかった。3つの武器に阻まれ、切っ先が地面にめり込んでいる。
いつの間にか大男の前に、3つの人影が立っていた。移動したことさえ見えなかった。手品のように、気が付けばそこにいる。
「話にならないわね」
「この程度で、フレッドを殺れると思ってるのが大間違い。威力もスピードも、何もかも足りない」
「最近、舐められすぎなんじゃないのフレッド。この手の輩増えたよねー、なんか『成り代わってやる』ってやつ。あんたが優しすぎるのが原因なんじゃないの? 一回、わからせた方がいいわよこの手の輩はさ」
ダイアナ、ロザリア、トレイシーの3人が、それぞれ武器を構えなおしながら言う。フレッドが、髪の毛をわしわしと掻く。
「いやあ、すごいもんだと思うぜ。相当努力して来たのがよくわかるっていうか。俺は嫌いじゃないよ。自信もっていいと思うあんたは。本当に。」
カップスが言ったその一言に、男が目を見開く。本人に剣を一切抜かれることなく、自分の人生を乗せた一撃を苦も無く止められたのだ。そのうえで取ってつけたような慰め。彼の屈辱はいかばかりだろう。
「俺の……! 俺の剣は! そんなに軽くねえ! 俺の人生が、命を懸けてやってきたものが! そんな簡単にあしらわれていいはずがねえ!」
地面に埋まった剣を抜き、再びフレッド・カップスを狙う大男。
その前に立ちはだかるのは、ダイアナだ。件の槍を操り、男の攻撃を受け流す。
「フレッドは優しいからああ言っているけど、あたしはハッキリ言うわ。あなた、才能ないわよ。どんな努力をしてきたのか知らないけど、無駄な努力お疲れ様」
「ダイアナ。そんな言い方ないだろう。あー、すみませんね本当に。彼女悪気はないんですよ本当に。俺は、あなたすごいと思いますよ。元気出してください」
「うああああああ! 畜生! 畜生! 何で当たらねえ!」
「ダイアナも言ってたけど、本当に才能のかけらもないね。フレッドが相手にするまでもないって思うのも良くわかるわ。コイツなら、私でも目をつぶったまま戦えそう。ねえダイアナ、ちょっと変わってよ」
「いいわよ。ただ、弱すぎるから、変な動きされると殺してしまいそうになるのよね……。ねえフレッド、これ、殺しちゃダメなんでしょ?」
「当たり前だろ、何言ってんだ本当に」
「わかった?気を付けるのよ」
「はーい」
まるで縄跳びで選手交代をするかのように、ダイアナからロザリアへと相手が変わる。男の猛攻は相変わらずだが、ダイアナに続きロザリアもそのすべてを華麗に受け流していた。いや、それどころか、攻撃しているはずの男の方が下がっている。
「クソッ! クソッ! 化け物め!」
「そう思ってるんだったら、はじめっから喧嘩を吹っ掛けてこなけりゃよかったのに。本当に馬鹿って救いようがないよね。どんな気持ち? あんたの全てを懸けた攻撃が全く通用しないのって、ねえねえどんな気持ち?」
「というか、ダイアナやロザリアごときでそんな有様で、良くフレッドに敵うと思ったわよね。彼、あたし達3人で力を合わせても勝てないくらい強いのに」
「おいおい、皆が誤解するだろうが。勘弁してくれ。お前ら、俺なんかより遥かに強いよ」
「そうやって謙遜するのが、フレッドのいいところだし、あたしは本当に好きなんだけど。そのせいでこんな連中がのさばってると思うと、少しは厳しいところも見せていいんじゃない?」
ダイアナが言う。ちょうど、大男の剣を、ロザリアの斧が弾き飛ばしたところだった。高く浮かび上がった剣は、くるくると回転しながら地面に落ちる。乾いた金属音が響いた。
誰も声を出さない。Sランクパーティーを襲い、あまつさえ返り討ちにされたのだ。この後に何が起こるか、誰もが想像してしまっている。
アリアン嬢とリーディが、俺の袖をぎゅっと握りしめるのが分かった。
フレッドが口を開く。
「その辺にしておけよ。本番は明日だ。元気はとっておいた方がいい」
そして、大男を見て笑う。冷酷な笑みだった。
「俺を狙うくらい元気なら、明日はさぞや活躍してくれるんだろう。期待しようじゃないか」
そういいながら、小屋へと入っていく。ダイアナたち3人も後に続いた。
誰もが、あの男は殺されると思っていた。勿論俺もだ。
周りの連中が、緊張感から解放されてぼそぼそと喋りだす。
「あれが『探訪者たち』か」
「なんだよあれ。『破戒僧』のモン・ヤップが手も足も出なかったぞ。あんなのもう人間じゃねえよ」
「てか、どう考えても俺はモンのやつが殺されると思ったぜ。なんで『探訪者たち』はあいつを生かしておいたんだ?」
「あれ、フレッド・カップスはあの場で最も素晴らしい手を打ったわね」
周りの連中のつぶやきに答えるように、ヴィクトリアが言う。
「あんな風に敗北したうえ、恩を売られてしまった以上、二度と『破戒僧』は『探訪者たち』には逆らえない。周りに舐められるわけにも行かないから、明日は死ぬ気で戦うでしょうね。ただ殺すだけでは、あたし達にまで恐怖が伝染してしまう。目的と結果を考える限り、これは最高の一手だわ」
「ヴィクトリアがそこまで言うほどか」
「あたし、今まで頭脳では誰にも負けないと思っていた。でも、あの場面であんな判断を瞬時に下せる自信はないわ。悔しいけど、あたしよりも上だと認めざるを得ないと思う」
そういって、かぶりを振った。
あれが世界最強パーティー、そのリーダーか。
すげえな、単純にそう思った。




