59
風の音がする。
「はいどうぞ。熱いんで気を付けてください」
アリアン嬢が差し出してくれた、木製のカップを手に取る。湯気を立てるそれは、薬草と木の根を煎じたものだった。口に運ぶと、苦みを感じ、それから甘味が追いかけてくる。
この木の根は煮ると甘味が出る性質があり、薬草の苦みと程よく混じりあうのだ。帝都で人気のブレンドであり、その材料の関係上冒険者にも好まれている。
「ありがとう。おいしいよ」
「ま、腕がいいですからね。私、冒険者を辞めるようなことがあれば、これで食べていこうかと思ってます」
「それはいいな。店開いたら教えてくれ。飲みに行くよ」
「クリスさんも働くんですよ」
「え?」
「なんでもないです。あったかいうちがおいしいですよ」
アリアン嬢からそう言われ、再びカップに口をつける。二人しかいないテントの中に、薬草茶をすする音が響いた。
外からは、風の音以外何も聞こえてこない。少し離れたところに、Sランクパーティー『明けの明星』と、うちのメンバー、ヴィクトリアとリーディがいるテントがあるはずだが、驚くほど静かだった。もう寝てしまっているのだろうか。
「しっかし、Sランクパーティーの直接授業かあ。今でも十分俺たちは強いと思うが、ますますパワーアップしちゃうな」
「私たちには想像もつかないですが、彼女たちには何か見えているのかもしれませんしね。いいアドバイスがあることを期待しましょう」
彼女も、自分でカップに薬草茶を注ぐ。熱かったのか、両手で大事に抱えるように持ちながら、息を吹きかけて冷ましていた。お風呂に入った後のため、束になった栗色の明るい髪が、カンテラに照らされて金色に光っている。
それを見ていたら、不思議と言葉を紡いでしまった。
「アリアン嬢がいなかったら、今頃俺はまだFランクとかだったかもしれないんだよなあ」
「なんですか、藪から棒に。急に昔の話をするのは、年を取った証拠だって言いますよ」
「いや、本当に。なんだろうな。こんな静かな夜のせいだろうか。よくよく考えたら、俺、アリアン嬢のおかげでここにいるようなもんだよなあ」
「さすが師匠」
「ん? なに?」
「何でもありません。ささやかな独り言です」
アリアン嬢が、姿勢を正してこちらを見る。俺は言葉を続けた。
「前にさ、大抱熊の討伐の時だったかな。俺のこと、『必要な存在だってことを証明して見せる』って言ってくれたじゃん」
「そういえば、そんなことも言いましたね」
ぶっきらぼうに言いながら、自分のカップにお茶のお代わりを注ぎ、俺のカップにも入れてくれる。湯気が当たっているせいか、彼女の耳が赤い。
「それで、二人で頑張って、ヴィクトリアが加わって、リーディに入ってもらって。今やSランクパーティーのサポートをするようになって、このままいけばAランクに上がる。その中で、俺は今、お荷物にならずにチームの一員として働けてる気がするんだ。このチームに必要とされて、ちゃんとそれに応えられてる気がする」
「クリスさん……」
「でも、それもこれも、アリアン嬢がいてくれたからなんだよな。俺のメインの役割は、君のスキルの威力を引き出すためにあるし、ヴィクトリアが加わることになったあの魔王戦のサポートも、君がいなけりゃ生き残れなかった。リーディを仲間に入れる時も、反対しないでくれたし、こうしてSランクパーティーと仲良くなって、俺たちを引きあげてくれてる。本当に、感謝してもしきれないよ」
「『明けの明星』と仲良くなったのは、別に望んだ結果ではなかったんですがね」
「え?」
「あの撤退戦の後、2,3日した時ですかね。ポーション買いに出かけてたんですよ。そしたらまずドロシーさんに捕まって、そのままリザさんたちのもとに連行されました」
いたずらっぽく笑いながら少女が言う。簡単そうに語っているが、あの時の俺たちはEランクか、上がっていてもCランクだ。Sランクパーティーに声をかけられ、連れていかれるのはなかなかの恐怖だろう。俺なら縮みあがる自信がある。
「リザさんとシャルロットさんがいたんですが、会った早々『君、好きな人がいるね』って言われて。それでそのあと4時間? か5時間くらい飲み会で、ずっと問い詰められました。それでなんとなく仲良くなった感じですね」
「それはまた……災難な……」
あのメンツと飲むのもきついが、好きな人がいるだろうと問い詰められるのもキツイ。というかあいつらの精神年齢子供か。
「『どこがいいの?』『優しそうな人だけど、本当はどうなの?』とか、質問攻めがすごかったです。何回か一緒に遊んでるうちには、一般の人はどう見てるんだ、とか、冒険者仲間から見たら、同業者としてどうなんだとか、そんなことまで調査しだして。でも、そんなこと友人とするの初めてだったから、最後の方は面白くなっちゃいました」
綺麗な白い歯を見せて笑う。つられて、俺も笑顔になってしまった。すごいな。市場調査か。俺もダニたちとやったなあ。お気に入りの看板娘はあの子だ! とか。
確かに同業の子に評判を聞くことはよくあった。思わぬバックヤードの顔が見えることがあるし……。ん?
「アリアン嬢の好きな人って、同業者なの?」
「……‼」
いやそんな、『何でわかったの⁉』みたいな顔されてもさあ。そりゃわかるぜ。自分で言ってんだから。というか君、大丈夫かい? 驚くほどの汗が浮かび上がってるけど。
それにしても、同業者ね。これは意外だわ。一体彼女の想い人とはどんな奴なんだろう。彼女の好みのタイプを全く知らないからなあ。ギルドに所属していて、彼女と年の近い冒険者を何人か思い浮かべる。『理性の頂』のジョン・ルカだろうか。それとも、『お気に召すまま』のスニル・バトラだろうか。
やばいな。これは気になるぞ。『明けの明星』のことを笑えなくなってきた。というか、アリアン嬢マジでいい子だからな。もしも泣かすようなことがあれば許さないぜ。
「誰なん? あいつらには言わないからさ、こっそり教えてくれよ。そしたらホラ、もしかしたら協力できるかもしれないし」
「それ、『明けの明星』の人たちも言ってましたよ」
「マジか。それはショックだ。じゃあ、当ててみせるよ。ヒントくれヒント」
「いきなりですか」
アリアン嬢が苦笑いする。だってほら、このままだと広すぎるじゃん。
「じゃあヒントです。こないだの撤退戦が終わった後、『明けの明星に呼ばれた』って、私言いましたよね?」
「うん」
「あれ、実は行きと帰りの飛行船の中の様子で気づかれてたらしいんですよ」
「ほほう。じゃああの場にいたってことか」
じゃあ、ジョン・ルカもスニル・バトラも違うな。彼らはまだEランクとDランクだ。前回のサポートには参加していない。
「誰だ? さっきまでの話しぶりからすると、前回の戦いを生き残ってるはずだよな。『実に醜い鳥』は初対面だったし、違うはずだろ? あー、わからん! 少しだけなにか、答えに近づけるようなフレーズをくれ!」
「ヒントって、素直に言えばいいじゃないですか」
「『明けの明星』と同じレベルには落ちん」
「もうとっくに同レベルですよ。ヒントはそうですね。年齢は私より、一回りくらい上です」
「一回りかあ。じゃあ俺に近いような年齢ってことだな」
「そうですね」
「わからんなー。冒険者としては脂が乗る年齢だからな。ちょっと候補が多いぞ。『芸術的な嘘』のディミトリ、とか?」
「ぶぶー。違います。じゃあもう一つヒントを。その人は、サポート系のスキルの使い手です」
サポート系か。俺は考える。あの場にいた連中は、大概が攻撃タイプ、防御タイプ、回復タイプで、あまりサポートタイプはいなかった。これは大ヒントだぞ。年齢とあわせて、ぐっと候補者が絞れる。
彼女の蜂蜜色の瞳が、俺を吸い込まんばかりに見つめている。
「なるほどね。そういうことか」
「そうなんです」
「『無効空間』のジュリー・アンドラスか。年齢的にはアリアン嬢の14個上だが、彼の『始まりの輪』は、味方に攻撃力アップを与える」
「違います」
食い気味に否定された。
「何でわからないんですか。こんなにヒントが出てるのに」
「ごめんなさい」
「いいですか。最後のヒントです。今私の目の」
「大変よ!」
テントの入り口を開けて入ってきたのは、ヴィクトリアだった。その横には、リーディもいる。二人とも、夜更けにもかかわらず鎧を身に着けていた。
「蒼玉竜が現れたの! ここにテントを張ったことに怒ってるみたい! 一緒に夜巨人が出てきたから、そっちの相手をしてほしいってリザが!」




