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風が生暖かい。
俺たちは岩陰に身を隠し、夜巨人の様子をうかがっていた。その距離およそ20メートル。駆けよれば数秒だ。
拳鍔を握りしめる。Aランクとカテゴライズされた魔物を相手にするのは初めてだ。同程度の強さでは、『夜の牙』時代のメズ以来だろう。
集中しろ。落ち着け。
深い呼吸を繰り返す。手についた汗が気持ち悪い。拭い去るように、何度も開いたり閉じたりを繰り返す。
「あー、その、なんだ……。若干、かかりすぎじゃないかな?」
リザ・メナが、俺をなだめるように言う。
「そんなこと言われましても、僕らにとっては未知の相手ですよ。魔物自体が、という意味でも、ランク的な意味でも」
「まあ、初めては誰にでもあるものさ。だが、ここを超えれば次からはこのランクしか相手にしなくなるんだ。そんなに力んでもいいことなんかないぞ」
「そういわれましても……」
どうしても力が入ってしまう。
それを見たリザ・メナが、シャルロット・ペンドラゴンと顔を見合わせ、息をついた。
「仕方ない。ここは我々が先達として指導をしてやろう。幸いにして、まだ何体か夜巨人がいるようだから、私たちの戦い方を見ながら、自分たちでもやってみるといい。なあに大丈夫だ。なんでも、実際にやるのは想像するよりもずっと簡単なものさ」
「ドロシー、レズリー、出るわよ」
シャルロットの声に、二人が飛び出す。夜巨人が、侵入者の存在を捉え、こちらに敵意を向ける、その遥か前に、ドロシーが夜巨人の前に飛び出す。何てスピードだ。出てくるまで気づくことすらできなかった。
ドロシー・ディードリッヒが、夜巨人を掴み、右手で力いっぱい殴りつけた。魔物の顔が大きくひしゃげる。たたらを踏むことすら許さず、ごつい左腕でタコ殴り。本来魔法金属で出来た、傷をつけるのすら難しいと言われるそのボディは、『明けの明星』の初撃でベコベコにへこんでいた。
これが『むざんのほう』。およそ単体では、これ以上の破壊力は望むべくもないと謳われた、世界最高峰の打撃だ。
「よく見ていてくれたまえ。これが、君たちが追いつき、抜いていくべき背中だ」
リザ・メナの背中から、炎の羽が生える。抜いた剣にも、炎を纏っていた。燃えるような赤い髪と真紅の瞳、そして炎が、混然一体となって目に焼き付く。これが彼女のパッシブスキル『不死鳥』か。
美しい、と思った。純粋に。
戦う者でありながら、その姿はまるで芸術品のように、俺の目に映った。もしも女神というのがいるのなら、彼女こそそうなのだろう。
彼女はこちらを一瞥すると、にこりと笑い、そのまま背中の羽で飛び立ちながら夜巨人へと突っ込んでいく。魔物の頭上で、愛剣『神の祭壇の剣』を掲げた。
「さーて、後輩たちの前だ。いい恰好をさせてもらおうじゃないか! 燃えて弾けろ! 『超新星爆発』!」
夜巨人を中心に、まばゆい光の塊ができ、その大きさをぐんぐんと増してゆく。眩しさのあまり目を瞑った数瞬後、とてつもなく大きな爆発音がした。
光が収まると、炎に包まれもがいている夜巨人が見えた。あれが炎による追加ダメージか。
間髪入れずシャルロット・ペンドラゴンが、自らの武器である、青い宝石の嵌った杖「ドロップ・メノス」を掲げる。リザ・メナの『超新星爆発』により引き起こされた爆発の轟音が響く中、不思議と彼女の声は良く通った。
「響けよしじま!『超海嘯』!」
鉱山の四方から、木々や岩を巻き込んだ圧倒的な量の水が夜巨人へと襲い掛かる。バケツの水をぶっかけた、などという生易しいものではない。中に凶器を内包した質量の塊が、手ひどく紫色の金属製ボディを打ち据える。抵抗しようのない水の暴力の前に、身動きが取れなくなってしまった。
シャルロットの後ろから飛び出したのはレズリー・ピディントンだ。ファイ・プレストの持ち物であった光法大師の錫杖を右手に構え、左手で印を結ぶ。
「苦痛一切、無自覚崩壊、気宇壮大。『幸せな支配』!」
彼女を中心に、光のカーテンのようなものが広がり、夜巨人を捕らえる。逃れようと体をよじる魔物。しかし、シャルロットのスキルによる行動阻害で、それは叶わない。
ようやく身動きが取れるようになる夜巨人。狙いをシャルロットに定め、彼女を目掛けて拳を握る。
しかし、遅いのだ。
再びドロシーが魔物の前に立つ。首を鳴らしながらゆっくりと、しかし大きく頭を振りかぶり、そのまま夜巨人のへこんだ頭部へと叩きつけた。『超ド級チョーパン』。衝撃のあまり、魔物が膝をつく。再びの行動阻害。
「えげつないな」
俺は思わずそうつぶやく。彼女たちもまた、敵を一方的に打ちのめす戦い方を心得ているようだった。俺の隣で、ヴィクトリア達も皆、この戦いをみている。
「やっぱりというかなんというか。想像通りね。強いわ。今のあたし達じゃ勝てない」
「リーディのスキルがあってもダメか」
「ダメも何も。まずスピードが全然違うから。いまあの連中と戦えば、こちらが動く前に彼女たちのスキルを一通り食らうことになるわ。あの威力よ。骨も残らないでしょうね」
よしんば、リーディのスピードが彼女たちに匹敵したとしても、と付け加えた。
「彼女たちの一撃一撃は、本当に強力よ。一人ずつ、ゆっくりと殺られて行くでしょうね。つまり今はどうあがいても無理。勝ちたかったら、まずは1にも2にもスピードね。最低でも、リーディ、クリス、アリアンちゃんの3人は『明けの明星』より早く動く必要があるわ」
やっぱりアクセサリー職人も必要よね、とヴィクトリアが顎に手を当て考える。アリアン嬢が、慌てた顔で聞いてきた。
「あ、あの、いつか、『明けの明星』と戦うことになるんですか?」
その、何とも言えない困った顔に、俺は思わず吹き出してしまう。ヴィクトリアがやれやれと言わんばかりに、肩をすくめた。
「そんなわけないでしょ。同じ国のギルドメンバー、しかも高ランカー同士が何を争うのよ」
「そうですよね」
「でも、王国のギルドは別。そしてそこにも、当然Sランカーはいる」
「あ……」
「だから、彼女たちの強さを参考にシミュレーションをしているのよ。ま、結果は惨敗だったけどね」
「やっぱり、一番足りないのは速度か」
「まあね。『先手必勝』なんて昔のことわざ、まさか今になってその真価をかみしめることになるとは思っていなかったわ。高い体力も、防御力も、状態異常を防ぐ手段もない以上、私たちにできるのは先手を取ることだけね」
夜巨人と『明けの明星』の戦いでは、間もなく決着がつきそうだった。動けなくなった魔物を一方的に蹂躙するSランクパーティー。リザ・メナが、こちらに向かってレクチャーをしてくれていた。
「いいかーい? 夜巨人の宝石は、額に埋め込まれているんだ。だから討伐の際、頭部を傷つけないようにしてー」
リザさんのご厚意は有難いが、いずれやりあうSランクパーティーの攻略の方が大事だ。大して見もしないまま、とりあえず大きく頭の上でマルをつくる。
アリアン嬢が、俺とリザさんを交互に見ながら、慌てた様子で「承知しましたー」と叫んで返事していた。すまんアリアン嬢。その調子で頼む。
「速度を高める手段は、何かあるのかな」
「あの連中並みの速度になるには、神話に出てくるような装備じゃなきゃダメよ。そんなおいそれと見つかるものじゃないわ」
「腕利きの職人に作ってもらうのは?」
「いいけど、その職人を探すのも大変なら、多分使う素材も相当なものが要求されるわよ」
「単純なレベルアップなら?」
「何年かかると思ってるの?」
「だよなあ」
アリアン嬢が素直に聞くせいだろう。リザ・メナが夜巨人の弱点やらを細かく教えてくれているようだ。羊皮紙にメモをする少女。その隣で、なぜかリーディも興味深そうに聞いている。
「そんなわけでー、次は君たちにこれをやってもらうー。心配しなくても、危なくなったら撤退してくれればあとは我々でやるからー」
内容は何となく聞こえてきたので、手で「ありがとう」の形を作った。アリアン嬢が慌てて「ありがとうございますー」と叫んでいる。
リーディがこちらに来て、俺の裾を引っ張った。
「アリアンが可哀相。ちゃんと相手する」
言われて、確かに、と反省した。アリアン嬢の側に行き、声をかける。
「ありがとう。助かったよアリアン嬢」
彼女はこちらを見て、一度笑いそうになった後、口を尖らせた。可愛い。
「本当ですよ。見てくださいこのメモの量。今度は私たちが実戦を見られるんですから、しっかり覚えてくださいよ。せっかく教えてくれたんですから」
羊皮紙はびっしりとメモで埋まっていた。これだけのことを教えてくれるのもすごいが、メモを取るのもすごい。
「なんかこれだけ読むと、夜巨人なんか楽勝な気がするわ。いっそのこと、夜巨人専門の冒険者として生きていくか」
「いくらなんでもピーキーすぎる」




