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「さて、あそこに小さく見えているのが夜巨人だ。名前のわりに昼もうろつく、可愛いやつだよ。大概はああやって、一人でいることを好む。彼らが大事にしている宝物があり、それを守っているからだともいわれているね」
双眼鏡をアリアン嬢に手渡しながら、リザ・メナが言う。
俺は自前の双眼鏡を見ながら、彼女が「可愛い」と表現した相手を眺める。夜巨人と名前はついているが、実体はゴーレムだ。魔法金属で出来た機械仕掛けの人形である。
紫色の、光沢ある金属でおおわれた体には、生半可な攻撃ではダメージなど与えられないだろう。
Sランクの魔物、『蒼玉竜』討伐のため、『明けの明星』と俺たち『黒いメンフクロウ』は、プリン帝国から遠く離れたムバイ王国、ここワ・ジオンゴ鉱山に来ていた。飛行船で2週間の旅である。途中、ムタリカという国に寄港し、食料の積み直し等を行った。
これらの国やチラト公国は、帝国に臣従を誓った国々である。それゆえ、魔物が出現し、冒険者が必要になれば帝国がそれを派遣する決まりになっていた、もちろん、各国にギルドの支部はあり、そこに所属するパーティーもいるが、精々がBランク。それもいればいい方だろう。蒼玉竜クラスの難敵となれば、これはもう彼らでは対抗できない。
そして今、飛行船の中に積んでいた馬車に乗り、俺たちはワ・ジオンゴ鉱山に来ていた。物陰で馬車を止め、相手の様子をうかがっている最中である。
「Sランクパーティーって、もっと『いざ!』というときしか出番がないのかと思っていたけど、そんなこともないのね」
ヴィクトリアが、同じく双眼鏡を目に当てながら言った。隣では、リーディが目を細めて夜巨人を見ている。双眼鏡を渡そうとしたが、手だけで「いらない」と断られた。というか裸眼で見えてんのかよ。すげえな。
ヴィクトリアの言葉に、リザ・メナが笑いながら答える。
「帝国の領土は広いからね、世界のどこかしらで、毎日魔物は現れる。それがSランクである可能性は、実は意外に高いのさ。ーーシャルロット! ここからは歩きで行こう。その方がよさそうだ」
リザの言葉に頷き、シャルロットが馬車の中に戻る。装備を整えに向かったのだろう。それに続いて、リーディとヴィクトリアも馬車に向かう。アリアン嬢が続き、俺も、と思ったところで、リザが俺に声をかけてきた。
「だから、君たちには期待しているよ。早くここまで上がってきてくれ。帝国には、私たちしかSランクのパーティーがいないんだ。こう毎度毎度どこかに遠征しっぱなしというのも、きついからね。少しは楽をしたいんだよ」
馬車の中に戻りながら、俺は笑いながら答える。
「勿論です。そうなりたいと思って、ギルドの門を叩いたんですから」
「頼もしいね。その調子で、恋愛の方も進めてくれたらいいんだが」
「は?」
「いやいや、なんでもない。独り言だよ。忘れてくれ」
そういうと、そそくさと馬車の中に入っていく。
……え? 何なの? あの人もしかして、俺のこと好きなの?
いやいや待て待て。あの『明けの明星』のリザ・メナだぞ。半ば生きる伝説の。それが俺のことを好き? さすがに考えすぎだろう。いやでもなあ。しかし。
ぐるぐると考え続けるが、答えは出ない。だが、もしも俺たちがSランクとなり、彼女と付き合ったとしたら、Sランク同士のカップルだ。これはなかなかすごいことではないだろうか。
歴史上、冒険者同士のカップリングは珍しくない。命がけで戦う職場だ。そりゃ恋が芽生えることもあるだろう。
だがしかし、本当に彼女が? いやいや、それはないだろうなあ。でもうーん……。
4年ほど前だったか、王国にいたころ、行きつけの料理屋の看板娘に恋をしたことがある。彼女は小柄ながら胸の大きい、男好きのするタイプだった。良く笑い、その笑顔がとてもチャーミングだったので、俺を含む男どもは皆彼女に夢中だった。
当時すでにBランクだった『夜の牙』は、街の中でもそこそこ名前が売れていたので、彼女も俺に愛想が良かった。
でもそれが仇になったんだよなあ。
本人からだったか、それとも人づてか、もう忘れてしまったが、とにかく俺は彼女の誕生日を聞き出した。
その日の予定を彼女に聞いたところ、特に何もない、ということだったので、彼女を遊びに連れ出した。ボートに乗ったり、街をぶらぶらしたり、美味しいものを食べたり。まあとにかくそんなことを楽しんだ。
で、お別れのタイミングで、俺は彼女にネックレスを渡して付き合ってほしいと打ち明けた。綺麗なグリーンの宝石が嵌ったネックレスは、王国でもそこそこ名の知れた宝石店で買ったものだ。
俺の一世一代の告白。しかし彼女の返答は、「ごめんなさい」だった。他に好きな男がいるらしい。
その夜は荒れたね。ダニとスタールを連れ出し、酒場で飲み明かしたものだ。女は信じられない、とくだを巻く俺を見て、あいつら笑ってたっけ。「女なんてそんなもんだ」「大丈夫。お前には俺たちがいる」それがうれしくて、泣きながら笑った。
そこまで思い出し、やはりリザが俺のことを好きなどとはありえない、と考えを改める。期待するだけ損というものだ。はいはい、この話はおしまい。
ちょうど女性陣が馬車から降りるところだったので、入れ替わりに中に入る。女性陣と旅をすると、こういうところには特に気を遣う。中には、平気で服を脱いだりする輩もいるからな。こちらがどうしていいかわからなくなってしまう。
と、中にまだ人が残っていることに気が付く。全身鎧を着こんだリーディだ。兜はバイザー方式になっており、顔面をすっぽりと覆うことができる。今はその部分を上にはね上げていた。全身鎧の凶悪な外見に似合わない、可憐な顔がのぞいている。
この全身鎧は、カムが作ってくれた物だ。鉱石竜の鱗を丁寧に伸ばして作成されたプレートは、彼女の華奢な身体を隠すように幅広に作られており、まさに魔王が身に着ける鎧にふさわしいトゲトゲとした装飾が各所に施されている。
鈍い光を放つ戦槌は、古代金属ダマスカスを使用したものだ。この前討伐した白頭獅子猿がため込んでいたもので、良くしなり、壊れにくい。ちなみに柄の部分は、白頭獅子猿の大腿骨だ。人を蹴り殺すのも容易いその脚から採った骨は、直径がおよそ25センチ。一番細い場所でも10センチはあるだろう。中ほどと先端に穴が開いており、ここから指を通して持つ。
こちらをまっすぐに見つめてくるリーディ。
「どうした? 行かないのか?」
「クリスは」
「うん?」
「クリスは、あの人たちを目指してるんだね」
「お? おお。まあな。Sランクを目指してるから、まあ間違っちゃいないが」
そう答えると、リーディは目を伏せる。あまり感情表現の得意でない彼女だが、これが何か落ち込んでいる、もしくは悲しんでいる場合の行動だということぐらいは俺にもわかる。
「どうした? なんかあったのか?」
「あの人たち、すごく強い。近くにいると、良くわかる」
「まあなあ。だって、人類の中でも指折りって言われている人たちの集まりだからな。そりゃ強いさ」
「ああいう風になりたかったんじゃないの? それなのに、私を」
「怒るぞ」
びくっと、リーディーが身を震わせる。いかん、あまり強く言うつもりはなかったのだが、ついイラっとしてしまった。
「何度も同じことを言わせるな。俺はお前を仲間にしたことを後悔してないし、これからもしない。そして、お前は強い。彼女たちとだって十分張り合えるさ。俺たちは俺たちで、俺たちなりの最強を目指す。わかったな」
「うん」
リーディに笑顔が戻る。俺は兜越しに彼女の頭をポンポンとたたきながら、笑顔で言った。
「次同じこと言ったら、怒りのあまり手が出ちゃうかもな」
「そしたら、やり返す」
「勘弁してくれ。死んじまうよ」
馬車から降りる彼女の後姿を見て、俺は自分の鎧に袖を通した。




