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「はい、逆鱗の数40、確かに確認いたしました。小飛竜の群れの討伐、完遂となります」
コリンさんが、依頼票に『達成』のハンコをついた。
報奨金は用意されておらず、今日もらうのはこの紙だけだ。
今回の依頼は金貨500万枚。このクラスの依頼になると、金貨を準備するのもそれを持ち帰るのもしんどい。そこで考案されたのが、ギルドが誇る『小切手』システムだ。
冒険者はこの依頼票を持ち、市中にある銀行に向かう。銀行は達成印のついた依頼票を確認し、現金を用意する。冒険者が希望し、もしその銀行に口座があるなら、そのまま口座に入れることもできる。
俺たちも口座を持っている。以前に『夜の牙』にいたころ、Cランクになったときに初めて作った。いざ作ってみるといろいろと便利だったので、『黒いメンフクロウ』ではFランクの頃から持っている。
「さて、帰りますか」
依頼票を受け取ると、コリンさんがああ、そういえば、と思い出したかのように言う。
「コックスさんの『失望なき人生』、今回のサポートで、おそらくDランクに上がると思いますよ。さすがというか何というか。『黒いメンフクロウ』に勝るとも劣らないスピードですね」
「ああ、ありがとうございます。彼らがいてくれるんで、助かっています」
怨霊を討伐し、綺麗になった屋敷を本拠地として活動を始めた、俺たち『黒いメンフクロウ』。
あれから3か月。俺たちは、都合20数件の依頼をこなしていた。同ランクのパーティーが同等の期間で請ける案件数の平均が10件程度であることを考えると、倍以上こなしていることになる。
そして、そのすべてに『失望なき人生』がサポートとして帯同していた。八俣遠呂知、イヅモが所属するパーティーである。
そこのリーダとして登録されているのが、コックスだった。
クランを設立したのは、イヅモを戦力として鍛えるためだったが、その際、魔物であると気づかれてはならない。
それを実現するために、ヴィクトリアが選んだパーティーのリーダーが、悪徳不動産屋のゼネス・コックスその人である。
金貨2500万枚で売ろうとしていた屋敷を1000万枚で売ることになってしまい、不動産屋をクビになったらしい。そう、ヴィクトリアが言っていたのを聞いた。
その後、偶然あの辺りを通りかかった際、お店自体がなくなっていることに気が付いたが、まあその話はどうでもいい。
ヴィクトリアが、彼を紹介してきた日を思い出す。本人は、まず冒険者になるところで拒否した。そんなものになるくらいなら、死んだほうがましだと。
気持ちはわからなくもない。俺みたいに、冒険者になりたくてなっているわけではないのだ。いきなり戦えと言われても、それは無理な相談だろう。
断固拒否を叫ぶコックスを見たヴィクトリアが、彼を屋敷の外へと連れだす。
15分後、戻ってきたコックスは憔悴しきっていた。力なく、冒険者になります、とだけつぶやく。
ヴィクトリア、一体彼に何を言ったんだい? 違う違う、褒めてるんじゃないよ。まずはその立てた親指をしまいなさい。
「じゃあ、パーティーメンバーを紹介するわね。ついてきて」
うきうきと部屋を出ていくヴィクトリア。それに続いて、アリアン嬢、コックスが外に向かう。彼の足取りは重く、まるで幽鬼のようだった。とりあえず、肩だけ軽くたたいて追い越していく。
屋敷の外に出ると、イヅモが三本の首を俺に巻き付けてきた。見てよこれ。クッソ可愛いだろ? 俺が両手で二つの首を撫でると、残りの一本が僕も僕もとばかりに俺の体にすりついてくる。こちらも頬ですり返してやると、うっとりと目を細めた。
「よろしくお願いします。ゼネス・コックスと申しあっ」
そうつぶやいて、哀れな詐欺師は気を失った。アリアン嬢が、いつの間に持ってきたのか、バケツに入った水をコックスにぶちまける。君、いつの間にそんなもの用意してたんだい?
目を覚ました元不動産屋は、もう一度イヅモを確認し、それが現実であることを知ると、深呼吸してから大声を出した。
「ま、ま、魔物……! 魔物が、何でここに⁉」
「魔物魔物うるさいわね。この子にはちゃんと『イヅモ』って名前があるのよ。これから同じパーティーの仲間になるんだから、きちんと名前で呼ぶように。あんただって、見知らぬ人から『人間、人間』て言われたら嫌でしょう」
「今なんと? 魔物と、パーティーを組む?」
「そうよ」
「頭は大丈夫ですか? そんな話、聞いたこともない!」
「あたしもないわね。リーディは?」
「聞いたことない」
「良かったわね。あなたが世界初かもしれないわ。竜と旅をする冒険者。かっこいいじゃない」
「嫌ですよ! ああなんてこった。今日は厄日だと思ったんだよなあ。おかしいと思ったんだ。朝起きて入れたコーヒーに茶柱が立ってたんだから。コーヒーに茶柱ですよ? そんなわけないでしょう。これは靴ひもが切れることなんかよりもよっぽど悪いことが起きる前兆だ。それではこれで失れぐえっ」
一方的にまくしたて、逃げようとした彼の襟首をリーディが掴む。『詐術』スキルを持つコックスだが、今のは俺でも引っかからないくらいひどかった。余裕がないとこんな感じらしい。
ヴィクトリアが、優しく語りかける。綿に水をしみこませるように、ゆっくりと。
「まあ聞きなさいよ。あたしはあなたの為に言ってるの。別にいいのよ? 一人で依頼を請けてもらっても。こちらはBランクの依頼を請けるときのサポートが欲しいだけなんだから。でもよく考えてみて? Bランクの周りにいる相手なら、どう考えてもCかDランクよね? 果たして、あなた一人で相手できるのかしら」
言われて、男が目を丸くする。言っても、『殴りつけ』しか戦闘用のスキルがないのだ。そんな彼が戦場に行けばどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだろう。魔物に『詐術』は通じない。
コックスがその考えにたどりついたのを確認し、ヴィクトリアがにやりと笑った。
「ね? そこでイヅモの出番なわけ。あの子は、今この段階ですでにBランク程度の力を持っている。あなたは彼の後ろに隠れながら、素材をはぎ、報酬を頂いて、余ったお金でイヅモに美味しいご飯を買ってやるだけ。どう? 美味しい仕事だと思うんだけどなあ。コックスさんがやらないというのであれば、誰かほかの人に」
「やります」
即答。
「ヴィクトリアさんも人が悪い。そういうことなら、最初から言ってくださいよ。完璧なリーダーとなってみせますよ。よろしく。イヅモ君」
戦わなくていい、といった瞬間、別人のように元気になったコックスが、イヅモに向けて手を差し出す。その手を嫌そうな顔で見つめるイヅモ。いや、気持ちはわかる。
しぶしぶといった様子で、差し出された手に舌を絡める。一瞬だけ、コックスの顔が恐怖にひきつった。すぐに平然とした様子に戻したのは、さすがといったところだろう。
「それじゃ、これから登録に行きましょ。これからよろしくね、コックスさん」
ヴィクトリアが、こちらに天使のような笑顔を向ける。
多分あの瞬間、俺を含め全員思ったんじゃないかな。
『詐術』を持ってるの、本当はヴィクトリアだよね? って。




