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ヴィクトリアのスキル『幸福論』の効果で、身体が軽くなる。今ならなんでも出来そうな、根拠なき自信があふれてくる。
アリアン嬢の『火樹銀華』による枝の拘束から抜け出したリッチに、リーディが『手厚い病』を放つ。力いっぱい振り回した戦槌の一撃が、リッチの横っ面にめり込み、そのまま振りぬけた。俺の『組織暴力』の効果で、こちらの攻撃は強化、相手の防御力は低下した状態での一撃である。頭蓋骨が、比喩ではなくゆがんだ。
おい、あれ、やばい角度で入ったんじゃねえか。
並の人間なら間違いなく即死の一撃。そして、スキルの効果により、追加でランダムにデバフが付与される。俺のスキル『鑑定屋』では、何のデバフがかかっているかまではわからない。
「攻撃力減少、防御力減少!」
事前に打ち合わせした通り、かかった効果についてリーディが教えてくれる。俺の『鑑定屋』の時と同様、これもヴィクトリアの発案だった。お互いに相手の情報を共有することで、自分でも思ってもいない良い効果が出るのだと。騙されたと思って、一度試して欲しいと。
実際、彼女の提案は素晴らしいと言わざるを得なかった。アリアン嬢といい、ヴィクトリアと言い、俺は助けられてばかりだな、と、戦闘の最中にそんなことを考えてしまう。
拳に嵌めた拳鍔で、リッチを殴りつける。『素手喧嘩』の効果で、リッチの行動速度に遅れが生じた。
「速度減少!」
俺も、デバフの効果を皆に伝える。反対側でアリアン嬢が長槍斧を振りかぶるのが見えた。大上段に構えられた刃が、勢いをつけて振り下ろされる。リッチの胴体に刃が深々と刺さる。切断してもおかしくないくらいの深さだ。
続けて、ヴィクトリアのスキル『約束された破滅』が発動する。半透明の無害な怨霊が、リッチに憑りついた。怨霊に怨霊が憑りつくという、何ともシュールな絵面である。
「混乱発動せず!」
舌打ちしながら、亜麻色の髪の乙女が言う。速度の減少により、リッチはまだこちらに対して行動を起こすことができない。リーディが再び戦槌を振り回す。超重量の鉄の塊が、垂直にリッチの顔面を襲う。あまりの衝撃に、下半身だけがおもちゃの人形のように浮いた。
「出血発動せず!」
リーディの言葉が終わらないうちに、拳を振りぬく。骨特有の、乾いた手ごたえ。何本か、砕ける感触も伝わってきた。
アリアン嬢が、長槍斧を横なぎにする。顔の上半分を綺麗に切り飛ばした一撃。それで、リッチはただの骨と化し、力を失って地面へと落下した。同時に、ヴィクトリアのスキルで憑りついていた半透明の怨霊が霧散する。
「討伐成功ね。大したことのない相手でよかったわ」
「今のリッチみたいに、俺とアリアン嬢より素早い相手だと、やっぱ最初の一撃はもらっちまうな。リーディ、大丈夫か?」
「大丈夫。問題ない」
言いながら、兜を外しハイポーションをがぶ飲みしていた。アリアン嬢は手慣れたもので、もうリッチの素材を剥ぎ取りにかかっている。他に魔物の気配はないようだ。建物の中に静寂が戻ってくる。
「外から見た時は、他にもいそうな感じだったけどな」
「あれでしょ。霊の集合体がどうたらとかいうやつ。あたしたちが乗り込んだから合体したんでしょきっと。一応警戒しながら作業を進めましょう」
蹴り破った扉から入る、雲によってさえぎられた薄明りだけがこの家を照らしている。窓には板が打ち付けられ、光が入ってこない。ヴィクトリアがカンテラに火を灯す。
「やっぱリーディのスキルは破格ね。あなたなしでは、あたしたちは毎ターン生み出される眷属も相手にしなきゃいけないところだったもの。アリアンちゃんのスキルで動きを止めることができても、それを逃れて召喚された相手には攻撃されてしまうわ。結果として、今よりはずっと苦戦したでしょうね」
ありがとう、と笑って、ヴィクトリアも素材を剥ぎ取り始める。
俺はリーディの横に立つと、鎧を来た彼女の肩をぽん、とたたく。驚いたような顔でこちらを見るリーディ。
「助かった。ありがとう」
「私、役に立った?」
「今日のMVPじゃねえか?ヴィクトリアの言う通り、お前なしじゃ俺たちはもっと苦戦したか、もしかしたら負けていたかもしれない。役に立ったなんてもんじゃないよ。もうお前なしじゃ、俺たちの冒険は考えられないな」
役立たず、屑スキル持ちと仲間から罵られ、追放された元魔王の少女が、それを聞いて笑う。花のような笑顔だった。
「さ、討伐に成功したら、敵から素材を剥ぎ取るのがルールなんだ。皆でやろう。やり方はわかるか?」
「なんとなくは。アリアンが教えてくれた」
二人でリッチの死骸の側に座り、素材を剥ぎ始める。
怨霊の霊体部分は、灰色の半透明な塊として、体内にあった。まるでゼラチンのようだ。傷つけないように、慎重に取り出す。
「リッチはBランクの魔物か。まあ、一般人では敵いようもないよな」
「知らないで家買って、寝込みを襲われたらひとたまりもないでしょうね。多分、家買った人にすぐに襲い掛かるんじゃなくて、しばらく住まわせてからある時突然襲い掛かるんでしょ。住んでる人もしばらくは大丈夫なものだから、冒険者を雇ったりはしない。まあ、うまい仕組みよね」
「悪知恵が働きますねえ。お。ロッドの先の宝石、綺麗に取れましたよ」
アリアン嬢が、指先につまんだ緑色の輝石を目の近くに持っていく。中に若干の曇りが見られるが、大きめのものだ。後でカムに鑑定してもらおう。
「いいぞアリアン嬢。その調子で他の部分も頼む」
「そんな風におだてて、全部私にやらせようとしてますね。その手には乗りませんよ」
「悲しいなあ。いつからそんな人を疑うような子になっちゃったんだい。オジサン悲しい」
「大人になるって悲しいことなんですよ……」
それぞれ、一通りの素材を剥ぎ終えると、遺骸を処理するため、庭に出す。穴を掘って埋めるのだ。
彼女たちも疲れているだろうと、俺が穴を掘ることにした。庭に置いてある荷物の中にスコップが入っているので、それを持ち、適当な場所を探す。
あまり家に近くても具合が悪い。ちょうどいい位置に柳の木が生えている場所があったので、そこに穴を掘り始める。
30分ほどかけて、深さ2メートル、幅1メートルほどの穴を掘る。俺自身が出るのも苦労する程だ。これならリッチを埋めるのに不足はなかろうと、疲労の残る手でなんとか穴から這い出す。
リッチの遺骸がない。
そんな馬鹿な、確かにここに持ってきてたのに。と思いあたりを見回すと、八俣遠呂知のイヅモが、露骨に顔を逸らすのが見えた。口の端から、見覚えのあるぼろきれが出ている。
俺はため息を突くと、イヅモのもとまで歩く。怒られるかと思い、小さくなるイヅモに手をやり、そっと撫でた。
3つの首が、意外そうにこちらを見上げている。
「いいんだ。どうせ何かオヤツをあげようと思ってたし。埋める手間が省けて良かったよ。ありがとうな」
気持ちよさそうに、彼が目を細める。
家の中を探検し終えたのか、ちょうど3人が出てくるところだった。
明日は引っ越しだ。いや、その前に大掃除だろうか。
忙しくなりそうだな。そう思いながら、俺は空を見上げた。曇天の空だが、なぜか少しだけ明るく見えた。




