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「まあ、そんなことだろうと思ってたわよ。そりゃ、一刻も早く売りたいわけよね?」


 あたりには、いつの間にか霧が立ち込めていた。

 帝都から馬車で30分、リビングと俺たち個別の部屋があるような邸宅、イヅモが遊べるほどの広い敷地。

 そのすべてを叶える理想の地は、やはりというかなんというか、いわくつきの物件だった。

 目の前に建つ洋館は、明らかに「何かがいる」雰囲気だった。まず、庭の敷地のそこかしこに生えている柳がおかしい。風もないのに、明らかに俺たちを手招きするように揺れている。

 それに、軋んだ音を立てる門扉。いいんだよ。築150年なら、軋むこともそりゃあるだろう。だが何もないのに、開いたり閉じたりを繰り返すのは、築年数が古いというだけで流してはいけないことだろう。

 どこからか、「ヒヒヒヒヒ……」という笑い声が聞こえてきて、そのまま霧の中へと消えていった。

 絶対なんかいるだろここ。

 アリアン嬢が、自分の体を抱きしめるように言う。


「なにか、寒気がします……」


 それに対して、コックスが異を唱える。


「ははは。お客様、何をおっしゃるやら。気のせいですよ気のせい。ほら、いい物件でしょう?建物自体は2階建て何ですが、各部屋にはゆとりがあって……」


 そういって2階の窓を指さした瞬間、何か白い影がすぅっ……と横切った。人という感じではなく、明らかに何か浮いている感じの動き方だ。


「おい、今何か通り過ぎたぞ」

「や、やだなあ。ですから気のせいですって。まあ、これだけいい建物なんですから、建物の中は見なくてもいいですよね?さ、契約を」

「ここ、いる。たくさんの子たちが」


 リーディの一言に、滝のような汗をかきながら、不動産屋の男は言う。


「は、はは。何を言ってるんですかお客様。ここはずっと空き家ですよ。人がいるなら、もっと生活音がするはずでしょう。聞いてください。ここは閑静なことにかけては定評がある……」


 イィーヒッヒッヒ……と、誰かの声が霧に溶けて消えた。明らかに俺たちのものではない。半眼で睨むと、コックスはポケットからハンカチを取り出して汗を拭いた。


「……今のは、私の笑い声でして」

「さすがに無理があるだろ」


 そんな中、カーティスは、意外にも平然としていた。きょろきょろと、あたりを珍しそうに見回している。

 

「カーティスさん、こういうの平気なんですね。なんか不吉な空気とか、感じたりしませんか?」

「おお、クリス殿。いやいや、ここはいいところですな。拙者には不吉な空気など感じられませんが」


 それを聞き、コックスが助けを求めるようにカーティスへと振り返る。


「そうですよね!確かにちょっと静か過ぎるので、少し! 少しだけ不安になることもあるかと思いますが、気のせいなんですって!でも大丈夫!」

「ここの霊たちは、拙者が考えている武器の良い素材になりそうですぞ。ワクワクが止まりません」


 霊って言っちゃったよこの人。

 ついに何も言えなくなったコックスを尻目に、ヴィクトリアが「行きましょ」と言って門扉を開ける。悲鳴のような音を立てて、鉄の重い扉が開いた。


「ダメです! 入ったら呪い殺される!」


 『詐術』のスキルを持つインチキ不動産屋は、身も世もなくヴィクトリアに縋りつく。ていうかお前、そんなところを人に売ろうとしてたんか。いやマジでヴィクトリアがいて良かった。俺もうあそこでサインする気になってたもんな。『詐術』スキル恐るべし。


「お客様! 申し訳ございません! 実はこちら、呪われた館でして!」


 知ってるよ。


「歴代の購入者は皆取り殺され、あの中で怨霊となっていると聞きます。一歩でも館に入ったが最後、我々も彼らの餌食になってしまう! こちらのような、特殊な物件ではなく、もっと普通の物件も当店にはあります! そっちにしましょう! ねっ? ねっ?」


 それは知らなかったな。

 事故物件ってレベルじゃねーぞ。帰宅するだけで命がけじゃねーか。

 しかしこんな状況になっても、「詐欺物件」とか、「不良物件」とか言わず、「特殊な物件」といいかえる彼のスキルは大したものだと思う。


 逃げ出そうとするコックスの襟首を、ヴィクトリアが掴む。そしてそのまま、庭の中へと歩を進めた。


「何か勘違いしているみたいだから言っておくけど、あたしたちはこの屋敷を買おうとしているの。勿論住むつもりでね。だから、内見は当然でしょう?」

「か……買う? この屋敷をですか?」

「そうよ。ただ、あなたはあたしたちに伝えてなかったけど、これって事故物件よね? 当然、相当お勉強してもらえると思ってるんだけど」


 哀れな不動産屋は、ガタガタと震えながら、信じられないものを見る目でヴィクトリアを見つめ、それからこちらに視線を向けた。

 俺はゆっくりと首を横に振る。そもそも俺たちを騙そうとした男を助けてやる気もないし、彼女の考えは俺の理解の及ぶところではない。

 ただ、俺たちのことを思っての行動というのは間違いがないのだ。そんな彼女を止める? ご冗談でしょう。


「もちろん、あたしたちが、あなたたちの管理する物件に悪さをしないように見張っていて貰わなければいけないわ。さあ、行きましょう。大丈夫。人に売るような物件なんだもの。呪いって言ったって、どうせ虚仮脅しでしょう?」


 コックスの顔色は、もはや青を通り越して白くなっていた。怨霊がいるのは確定なのだろうが、今日は武器など持ってきていない。もしも霊が襲って来たとしても対処できない可能性が高いのだが、そのあたりは大丈夫だろうか。


 すると、詐欺師の首根っこを掴んでいたヴィクトリアが、突然こちらを振り返った。

 

「あ、でも、金額次第では内見をしなくても買おうかなって、うちのダーリンが言ってたわ。ね、ダーリン?」

「お? おお。言った……気がする」

「ちょっと! 誰がダーリンですか! 捏造もほどほどにしてくださいよ!」


 しかし亜麻色の髪を持つ乙女は、少女の抗議を意に介さず、まるで歌うように続ける。


「あなたたちが吹っ掛けてきた金額は金貨2500万枚。事故物件だから、まずは金貨2000万枚相当が妥当ってところよね。室内の様子が見られないのは残念だけれど、築150年で、かつ悪霊が室内を跳梁跋扈していることを考えると、相当荒れてると思って間違いない。あらあら、リフォームにいくらかかかるのかしら?」

「……そ、それは」

「でも、あたしの優しいダーリンは、そんなことも気にせず買おうって言ってるのよ。まだるっこしい交渉はなし。ダーリン、今いくら貯金があったかしら?」

「えっと、金貨に……」


 2000万枚、と言おうとしたが、ヴィクトリアに目だけで止められた。視線だけで会話する。1750万枚、違う。1500万枚、違う。1250万枚、違う。まさか1000万枚?

 ヴィクトリアが頷く。マジか。提示価格の半額以下じゃん。

 不動産屋に答える。


「『金貨に』して、1000万枚ってところだな」

「金貨1000万枚だったら、一括即金でここを買うわ」


 彼女の口から飛び出した言葉に、コックスは勿論、俺も驚く。            


「1000万枚ですか……。ちょっと、それはさすがに……」

「いいのよ?あたしたちはどっちでも。ただ、帝都に戻ったら、あなたがどんな物件をあたしたちに売りつけようとしたのか、冒険者仲間に広めるわ。あたしたちが広めるのは冒険者だけでも、その先はどうかしらね? 今後も、この帝都で商売ができるといいわね?」


 悪魔だ。この女、悪魔だよ。

 見てみろ、隣の魔王がドン引いてるじゃねえか。

 生贄にささげられた、気の毒な詐欺師は、もはや抵抗する気力もなく、首根っこを掴まれた状態のまま、コクリと一度だけ、首を縦に振った。    


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― 新着の感想 ―
[一言]  不動産屋から事故物件を金貨2500万枚と吹っかけられ、金貨1000万枚で購入とは全然、得していないような。  固定資産税がある世界かどうかわかりませんが、維持するだけでお金が出ていく物件…
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