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「……うわっ、マジか」
思わず声に出してしまう。4件の不動産屋を回ったところで出会った不動産屋のスタッフ。
今までの店は、どれも不動産取り扱いに関するスキルを持っていなかった。まあそれは仕方がない。スキルは神の配剤であり、必ずしも職業とは一致しないのだから。
だが、今目の前にいるこの男はだめだ。
俺の『鑑定屋』は、この店員、ゼネス・コックスの持つスキルを明らかにしていた。彼の持つスキルは二つ。『殴りつけ』と『詐術』である。『詐術』て。
アリアン嬢が説明した、俺たちの希望する物件の条件を聞き、ニコニコとした人の良い笑みを浮かべながら、店員が俺たちにしゃべりかける。
「お客様は実に運がいい。ちょうど今日入ってきた、とれとれの物件があるんですよ。こちら、本当は数日前討ちに情報来て、その場ですぐ売れたのですが、契約者様がローンの審査に通らなかったとのことで、再度取り扱うことになったんです」
「へー! それはすごいですね!」
『詐術』の存在を知らないアリアン嬢が、無邪気に声を上げる。というか、すっごい魅力的な話じゃない? すぐに売れるようないい物件なんだな、それはぜひとも見てみないと……。
と、そこまで思って、これが『詐術』による効果かとハッとした。これは危ない。スキルを「知っている」ことと、「効果がない」ことは別問題である。
ちなみに俺たちの希望条件は、帝都から馬車で3時間以内、広さは土地で1000平米、築年数問わず、個人の部屋が4つ以上とリビング、お風呂がついて、周りにあまり他の家がない場所、金額は金貨2千万枚程度といったものだ。帝都から3時間というのは、依頼を受けて帰ってくる際、泊りがけになるのが嫌だからだったりする。
広さについては、イヅモの運動を行う必要があると考えているからだ。そのため、人気のなさも重要になる。貴族や一部の好事家などは、小さな竜を趣味で飼うこともあるというが、さすがに体長5メートルを超え、これから更なる成長が見込まれるような魔物を飼っている者はいないだろう。
一人で考えに耽っていると、さらにコックスが畳みかけてくる。
「帝都の中心部からは、馬車で30分ほど。こんな都心の近くにしては、嘘のようにひっそりとした閑静な場所ですよ!」
それは近い。近すぎて逆にすごい。そんな場所に、閑静な住宅など建つだろうか。華の帝都なのに。
そう思う自分がいる一方で、柔らかなテナーの声に聞きほれ、そんな素晴らしい物件があるのか、と感じている自分もいる。
「沼とかあったりしませんか?」
「とんでもない! もちろんしっかりとした平地ですよ。建物自体は築150年ほど経っておりますが、頑丈で、生活には全く支障がありません。昔は貴族様の邸宅だったようで、部屋は7室ございます。もちろん、お風呂もリビングも完備。お値段だけ、少し予算からはみ出しますが、金貨2千5百万枚となります」
「2千5百万枚かあ」
高い。ローンを組まねばならないだろうが、審査は降りるだろうか。
「と、普通ならここでお考えいただくところですが」
俺たちの渋い表情を見て取り、男が小さな声でつぶやく。
「この物件、一度ローンの審査のせいで戻ってきた関係上、弊社としても早めに売却したく、今手付金を支払っていただくと、金貨2千2百万枚までお値下げが可能です!」
「おおお!」
「さあ!もしかしたらと思って書類も用意してあります! あとはここにサインを頂くだけ!手付は金貨100万枚となります! ご用意はございますか!」
「お、下ろしてこようかな! ギルドで!」
「それでは、まずはサインだけでも! こんないい物件、逃す手はないですよ! 今押さえておかないと、他の人が買ってしまうかもしれません。とりあえずサインだけ頂いて、手付は後でも構いませんよ! さあ! さあさあ!」
確かに、これだけの物件だ。お金を下ろしている間に、他の人が買ってしまうかもしれない。これはサインをするべきか……。
コックスがにっこりと笑い、恭しくペンを取り出した。俺はまるで何かに操られるかのようにペンに手を伸ばす。
「ちょっと待った―っ!!」
その瞬間、扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、誰あろうヴィクトリアだった。驚きのあまり、ペンを取り落としてしまう。高級感漂う黒と金の装飾が施された筆記具が、乾いた音を立てて床に落ちた。良かった。壊れてはいないようだ。
「ヴィクトリア! どうしてここが?」
「あなたたちが不動産屋に行ってるって宿の人に聞いたのよ。こっちに帰ってきてから今日で5日目、いつも見てる不動産屋とか、近場にあるのを知ってて行かなかったところとか、そんなところから手を付けたでしょ。だから、今日行くとすればこの辺の、あたしたちにとってあまりメジャーじゃない店になるはずなの。そう思ってきてみれば案の定よ」
すごいなこの子。絶対彼女とかにしたくない。浮気とかしたら一瞬でバレそう。
「クリス、あなたって人は。一回も物件を見ないで契約しようなんて、何考えてるの」
「でもここは是非にお薦めしたい」
「だまらっしゃい。どうせ詐欺系のスキルかなんか持ってるんでしょ。そういうの、あたしには通じないから。クリスも、何をいいカモにされているのよ」
ぴしゃりと言われ、青ざめるコックス。そうだった。こいつ『詐術』のスキル持ちじゃん。
大きな声で俺のスキルをばらすわけにもいかず、とりあえず無言で頷き、ヴィクトリアの言葉を肯定する。アリアン嬢が、驚いた目でこちらを見つめてきた。
「え?『詐術』があるって知ってたのに騙されてたんですか?」
この子時々、すごい鋭いよな。
俺の胸は抉られっぱなしだぜ。
「あ、あの……」
「ま、話は現地を見てからにしましょうよ。リーディ、時間測って。本当に30分で着くか確認するわ」
「わかった」
「いや、現地は」
「見せられない、なんて言わないわよね? 売ろうとしてるくらいだもの、鍵は持っているんでしょう? クリス、アリアンちゃん、物件探しのコツを教えてあげるわ。さ、案内しなさいな」
コックスは今や、蛇ににらまれた蛙のようだった。震えながら、鍵を引き出しの中から取り出す。
「あらあら。何も取って食おうってわけじゃないのよ。不動産に安売りがないのは知っているの。高いものにも安いものにも、それなりの理由がある……。でも、本当は安いものなのに、不当に高く売ろうとしているのなら、それは悪よね。あたし、悪は許さないわ。表でやるのか裏でやるのかはわからないけど、この帝都では商売ができなくなると思った方がいいかもね」
暴力は得意なのよね、と言って、怪しく笑った。
「じゃあ、クリス。そこら辺の辻馬車を捕まえてきて」
「おう、任せろ」
力強く首を縦に振り、いつの間にか閉まっていた店の扉を開けると、通りにつながる小道を塞ぐように立っている男がいることに気が付いた。
身長は俺と同じ、180センチあるかないかくらいだろうか。ただ、横幅が大きかった。俺の倍くらいはある。身体の厚みも同様だ。ともかく、とてもふくよかだった。
そして、大量の汗をかいている。着ている服はそれなりに質がよさそうだが、しっとりと湿っているせいで、本当に良いものかどうかの判断がつかない。
髪の毛は綺麗な金色をしているのだが、いかんせんその本数は少なかった。目立つ頭皮には、玉のような汗が浮いている。肉に埋もれるように隠れた細い目が、俺を見ていた。
確かに、向こうから見れば、いきなり店から飛び出してきたわけだしな。
俺は軽く頭を下げる。
「あ、すみません」
「いいでござるよ。こちらも待っていた場所が悪かったゆえ」
癖のある喋り方をする人だった。そのまま横を通り過ぎ、辻馬車を探しに通りへ出る。
後ろから、先ほどの人の声が聞こえてきた。
「ヴィクトリア氏。そろそろ皆に紹介してほしいのでござる」
「少し待って。クリスが辻馬車捕まえてきたら皆で乗りましょう。その時に紹介するわ」
え。
ええ?
あの人、ヴィクトリアの知り合いなの?




