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水の底から浮かび上がるような目覚め。
目を開けると、見慣れた宿の天井だった。身体がやけに重い。物件探しなど、慣れないことをしたからだろうか、そう思いながら身体を起こすと、肌着の少女が俺の腹の上で寝息を立てていた。ため息をつく。
「……アリアン嬢。毎朝毎朝、どういうつもりだ?」
俺の声に、少女がはっと顔を上げる。栗色の明るい髪は、今は後ろで一つに縛られていた。綺麗なアーモンド形の、蜂蜜色の瞳がこちらを見ている。
アリアン・ブラック。俺たち『黒いメンフクロウ』のアタッカー。16歳の彼女は、年齢相応の美しさを備えるようになっていた。あまりこういう風に、無防備に来られても困る。
「どうもこうも。パーティーの間では、いざというときに備えたコミュニケーションがとても大事なのは、クリスさんもご存じですよね」
「勿論だ。連携こそ、俺たちの生命線だからな」
「さすがです。そんなわけで、今はコミュニケーションを密にしている最中なんです。昨晩忍び込んだ際はあまりの眠さについ睡魔に負けてしまいましたが、今から再チャレンジするので、邪魔しないでください」
「今さらりと『忍び込んだ』って言ったよな?」
「ものの本では、むしろ喜ぶ人の方が多いみたいですよ?」
「何て本だ?」
「『自慢じゃないが、なぜか聖女様と王女様が俺に惚れるので困っている』だったかな?」
「自慢じゃねーか。さっさと捨てなさいよそんな本」
薄手の木綿で作られたブランケットに潜り込んで来ようとするアリアン嬢を押しのけ、ベッドから出る。肌着にステテコという、簡易パジャマスタイルが最近の俺の寝方だ。
そのまま、部屋の隅にしつらえてある洗面所で歯を磨く。まだ半分閉じた瞼が、鏡越しにもう一人の女性を見つけた。
ストレートだが、少し跳ねのある黒髪が肩甲骨まで伸びており、意志の強そうな切れ長の瞳とスマートな眉。やや褐色の肌が、エキゾチックな魅力をたたえていた。
「……二人とも楽しそう。私もやりたい」
「悪いなリーディ。このベッド二人用なんだ」
「一人用だよアリアン嬢。さっさと降りて」
リーディ・ヘイソォが口を尖らせる。元魔王である彼女は、こうしてみると何ら人間と変わりがないように見えた。実際、これまで会った誰もが、彼女を人間と信じて疑っていない。
俺、アリアン嬢、リーディ、そして今ここにはいないヴィクトリアという女性を加えた4人が、Bランクパーティ『黒いメンフクロウ』のメンバーである。
俺たちが、先日の昇格審査で訪れたチラト公国から帰ってきて、すでに5日が経っていた。
戻ってすぐにギルドに向かい、無事Bランクへと昇格した俺たち。
その依頼を引き受ける流れの中で、武器職人『カム・カーティス』と契約を結べることになったため、ヴィクトリアは彼との契約のためにチラト公国に残っていた。今日にも帰ってくるかもしれない。
俺たちは俺たちで、こっそりと連れて帰ってきたSランクの魔物『八俣遠呂知』の幼生、イヅモと暮らすための家を探していた。体長5メートルの彼の巨体を収めるだけの広いスペースが必要なため、金額との折り合いで悩んでいるところだ。
ちなみに、イヅモは現在、帝都から馬車で2時間の廃鉱山に隠れている。現在は魔物も出ないこの場所は、めったなことでは人が寄り付かない。まさに灯台下暗しといったところだ。
安全といえば安全なのだが、あんな寂しい場所に一人でいさせているのが心苦しい。
一日に一回は会いに行っているのだが、その度、何とも言えない切ない顔でこちらを見るのだ。胸が締め付けられる。
「……早く、家が見つかるといいですね」
俺の表情から察したのか、アリアン嬢が気を遣ってくれる。
「ああ。イヅモも寂しいだろうからな。今日こそは、決められたらいいんだが」
帰郷してから今まで、10数件程の物件を見て回った。俺たちは帝都のギルドでお世話になっていることもあり、ここを中心に決めたいと考えている。
しかし帝都は世界でも有数の大都市であり、俺の予算では、不動産屋が紹介してくる物件も狭いか恐ろしいほど辺鄙な場所にあるかのどちらかだった。それでなければワケアリだ。
「こないだのやつはひどかったですね。馬車で3日って、もはや別の都市でしたからね」
「昨日のもすごかった。あたり一面沼地……。夏場は虫の魔物で恐ろしいことになる」
「マジでなー……不動産関係のスキルがない不動産屋ばっかりだったからな。今日はもうちょっと、店員に重点を置いて探してみるか」
「クリスさんの『鑑定屋』、本当に便利ですよね」
『スキル』は、最大で3つ、普通の人間でも二つは発動する。特定のキーワード、動作棟で発動する『アクティブスキル』と、何もしなくても勝手に発動する『パッシブスキル』があり、通常パッシブは一つだけしか持てない。
スキルの名称や効果は、その人の頭の中に自然と浮かんでくる。そのため、通常他の人間からは、その人がどのようなスキルを持っているのかがわからない。
人間同士で戦うことがある以上、それはとても大事なことだった。スキルが分かれば、その対策が立てられるのだから。
俺が持つスキルは3つあり、そのうちの一つがパッシブスキル『鑑定屋』だった。これは確認したいと思った対象のステータスとスキルを見ることができるというもの。平時において、これは破格と言っていいほどの性能である。誰もが秘密にしておいきたいスキルの内容を、白日の元にさらせるのだから。
そんなわけで、今日はまず店員のスキルを確認してから物件を紹介してもらうことに決めた。考えてみれば、関連スキル持ちの不動産屋など会ったことがない。いるのかどうかから確かめなくてはならないが、探してみる価値はあるだろう。
料理スキルを持つ人間の開く定食屋が繁盛するように、不動産でもいい物件を紹介してくれるのではないか。
「ところでアリアン嬢、またレベル上がった?」
「はい、なぜか昨日、沼地を歩いてたら上がりまして。何なんですかね」
「沼の中のヒル、踏んだんじゃないかと思う」
「えーっ、やめてくださいよ。気持ち悪いなあ……」
リーディの推測に、心底嫌そうな声で返すアリアン嬢。まあ気持ちはわかる。
現在のアリアン嬢のステータスはこんな感じだ。
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アリアン・ブラック【木属性】 レベル:25
攻撃:144(悪夢の毒毒モンスター +42 猛毒による追加ダメージ、10%で即死)
防御:90(毒毒軽鎧+27)
速度:500
精度:42
抵抗:40
運:88
【スキル1】刀山剣木
敵一体に攻撃を行い、対象の攻撃力を少しの間下げる。
【スキル2】火樹銀華
敵全体に攻撃を行い、少しの間敵の運を下げる。この攻撃でクリティカルが出た場合は、対象の次の行動を阻害する。このスキル使用時、クリティカルの確率が50%アップする。
【スキル3】大樹将軍(パッシブ)
自分のクリティカル率が50%アップし、クリティカル攻撃時のダメージが50%アップする。
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相変わらずぶっ壊れている。スキル3『大樹将軍』の力で、彼女のアタッカーとしての才能は、個人的にはSランクにも引けを取っていないと思っている。俺を含む残りの3人は、彼女を活かす戦い方をすればいいだけだ。
「私は? 私は、レベル上がった?」
「……リーディは、元々レベルが高いからなあ。まだ上がってはないな」
「……そう」
少しつまらなさそうに、リーディがうつむく。もともと魔王なだけあり、彼女の基礎ステータスはずば抜けて高い。そう簡単にはレベルは上がらないだろう。
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リーディ・ヘイソォ【闇属性】 レベル:70
攻撃:151
防御:130
速度:67
精度:82
抵抗:79
運:30
【スキル1】悪趣味な嗜虐
敵一体に攻撃を行い、50%の確率で少しの間、出血状態にする。
【スキル2】手厚い病
敵1体に攻撃し、その後敵全体にデバフを少しの間ランダムに1~3個付与する。付与するデバフは、攻撃力低下、防御力低下、行動速度減少、精度減少、抵抗減少、出血、命中率減少の中から選ばれる。
【スキル3】咲き誇る花葬
少しの間、敵全員のアクティブおよびパッシブを封印する。
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スキルを伝えたところ、魔王連中から屑スキル持ちだと罵られ、追放の憂き目に会った彼女だが、ヴィクトリアによれば、リーディのスキル、特に『咲き誇る花葬』は、この世界の根本からひっくり返る程の超高性能スキルだという。彼女を連れて依頼を受けたことはまだないが、実践が楽しみで仕方ない。
外出用のズボンを取り出し、二人には部屋から出て行ってもらう。まずは不動産屋、それから、ヴィクトリアが帰ってきたら、武器職人に頼むものについて相談しよう。リーディは未だ手ぶらだ。せっかくだから、いい武器を持たせてあげたい。
Bランクの魔物ともなれば、そこそこいい武器が作れるはずだった。まずはリーディの武器防具を作ることを優先に、討伐する魔物を考えることにしよう。




