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「では、そなたたちが入ったときにはすでに、彼らは息絶えていた、と」
「その通りです公主様。力及ばず、申し訳ございません」
「よいのだ。あの三頭火竜を討伐してくれただけでも、そなたらに依頼した甲斐はあった。本当にご苦労だった」
公主の言葉に、俺とヴィクトリアは揃って頭を下げる。
食事の後、俺たちが城を訪ねると、今度はすぐに広間へと案内された。以前も思ったが、ここの調度品は本当に趣味がいい。公主とは、うまい酒が飲めそうだ。
「カム・カーティスの件、何卒宜しくお願い致します」
「うむ。そなたらはいまや立派なBランクパーティー。カム・カーティスもそなたらならば文句もあるまい。おい」
公主がいうと、静々と召使いが歩み出てきた。手には、真ん中を赤いリボンで結んだ羊皮紙を持っている。リボンを止めるように、公主印の封蝋が押されていた。
恭しく捧げられたそれを受け取ると、公主が俺たちに差し出す。
「これが、カム・カーティスへの、そなたらの紹介状となっておる。『女神の前髪』解散以降、彼は半ば隠居生活に入ってしまっていてな。ここに連れてきて、そなたらに紹介できないのは申し訳ないが……」
「いえ、お心遣いありがとうございます。こちらを頂けるだけで十分です。まずはカム・カーティスに会いに行ってみますわ」
優雅に一礼をして、ヴィクトリアが紹介状を受け取る。同時に、広間に拍手が沸き起こった。側近の誰かが始めた拍手は、今や全員に広がっている。
面白くなさそうな顔をしているのはルシール公女殿下だ。苦虫をかみつぶしたような、怒りと苦悶の表情を浮かべている。何が彼女をそこまで駆り立てるのだろう。
「あの子、『正義の光』のリーダーが好きだったらしいのよね」
こっそりとヴィクトリアが耳打ちしてくる。紹介状を受け取った頭は下げたまま。拍手も続いており、俺たちの会話を聞ける人間はいないだろう。
「それで、彼らにこそカム・カーティスがふさわしいって思ってたみたい。だから、面白くないんでしょうね」
「俺たちそんな茶番に付き合わされてたのか。頭痛いな」
「頭痛いのはこれからよ。彼女、次はBランクの『無窮の弓』のメンバーが気になってるみたいで。多分9割方、これからも妨害されると思うわ」
「はた迷惑な。ていうか『正義の光』が死んだって報告したのさっきじゃん。どうなってんの?」
「移り気なのよ」
「俺たちのかかわらないところでやってほしいなあ」
やまない拍手の中、俺たちは頭を上げ、公主に改めてお礼をいう。気さくにこちらの肩を抱いてくれ、また背中などをたたいてくるチラト公国のトップ。ていうかこの人めっちゃいい人じゃん。もうね、人間的に好き。
「『無窮の弓』って」
「チラト公国出身者のみで作られたパーティーね。そういう、地元の冒険者を公主様は優遇してるみたいで、その縁でお城に来た彼に一目ぼれ、と」
「良く調べてるなあ」
「この世はね、お金さえあればある程度のことはわかるようになってるのよ」
謁見を終え、廊下を出口に向かって歩く。もう少しでチラト公国ともおさらばか、と考えていると、後ろから突然声をかけられた。
「待ちなさい『黒いメンフクロウ』! あなたたちに、カム・カーティスは釣り合わないわ! 辞退なさい!」
キンキンと脳髄に響くこの声。公女殿下だ。振り向かなくてもわかる。
ていうかもう無視でいいよね。関わっても嫌な気分になるだけだし。公主様も、自身はあんなに素晴らしい人なのに娘の育て方には失敗したらしい。天は二物を与えず。
「うん、あたしも無視に賛成」
「ナチュラルに俺の心を読むの、やめてくんない?」
「無視って聞こえたわよ! 失礼な! それにあなたたちみたいな、どこの馬の骨ともわからないパーティーに、チラト公国の宝である職人を渡すなんて! 反対よ反対!」
仕方がないので、ため息をついて振り返る。公女殿下は、伴の者もつけず、1人で走ってきたらしい。ドレスの裾が長いのに、良く躓かなかったな。
彼女の服は、水色を基調としたプリンセスタイプのドレスだった。なるほどこれならパニエを掴んで、持ち上げて走れるな。
彼女の顔は走ってきたことによる者なのか、怒りのためなのか、赤く染まっていた。もともとが白い肌なので、余計に目立つ。せっかく整った顔だちなのに、その美しさもどこへやらだ。なんだかなあ。
また走ってきたためだろう。年齢の割には豊かな胸が、大きく上下に動いていた。ヴィクトリアには負けるが、アリアン嬢には勝つだろう。
「何をそんなに怒ってるんだ。綺麗な顔してるのに、もったいないぞ」
「はぁ⁉ 何をいきなり気持ち悪い!」
なんら深い意味はないのだが。地味に傷つくな。
「今のはあたしでも気持ち悪いっていうと思うわ」
「そうか。もう金輪際言わないよ」
「そんなことより! カム・カーティスを専属にする件、辞退なさい!」
それを聞き、ヴィクトリアが猫のように目を細めた。そして、一歩前へ出る。
俺は、そんな彼女を右手で制した。驚いた顔で、亜麻色の紙を持つ乙女がこちらを見る。
「じゃあ聞くがなお姫様。お前は、一体誰ならふさわしいと思ってるんだ? チラト公国の宝である職人の契約先として」
「そんなの決まっているじゃない! 『無窮の弓』よ! 彼らこそ、チラト公国の将来を担う英雄だわ!」
「話にならないな。俺たちも今や、格だけで言えばそいつらと一緒だ。チラト公国出身者ってだけで優遇されるわけもないしな。そんな理由じゃ、辞退なんてとてもとても」
「か、格は同じでも、あなたたちと彼らじゃ歴史が違うわ! そうよ! 重みってものがあるの!」
「それってつまり、万年Bランクの連中ってことだろ? 悪いが俺たちは、そんなに長くBランクにいるつもりはない。良かったな。君のお父さんの目は正しい。俺たちの方が、そんな連中より遥かに上だ」
隣でヴィクトリアが大きく頷く。公女の赤かった顔は、今や赤黒くなっていた。どこか血管が切れたりしないだろうか。他人事だが心配だ。
「じゃあ、『無窮の弓』がもっと上に行けば」
「ーーそれ、『正義の光』のときにもやったのか? これをこなせば、もっと上に行ける、って」
俺の口から出た低い声に、公女はもちろん、ヴィクトリアまでもが身をすくませる。
「な、何よ」
「基本的に、依頼を受ける受けないは冒険者の自由だ。だから、その生死の責任も冒険者にある。『正義の光』の連中が、自分の力を過信して死のうが、当然自分たちが悪い。だがな」
一歩、公女に近づく。反対に、彼女は一歩後ろに下がった。
「お前が唆したせいで、あいつらは無謀な依頼を引き受けたんだ」
基本的に、生き死にを決めるのは現場で、最終的な責任はもちろん冒険者だ。だから、この件で彼女を攻めるのは筋違いなのかもしれない。
それでも、彼女と共に生きる夢を見たのかもしれない『正義の光』のリーダーだけを責めるのは、何か違う気がした。
公女の赤黒かった顔は、真っ青になっていた。目線を逸らそうとするが、逃がさない。視線で彼女を捕らえる。
「同じことを繰り返してほしくないんだ。今はわからないかもしれないが、そんなことをしていればいつか必ず心に大きな傷を負う。そうなってからじゃ遅いんだよ。もっと、自分を大事にしてくれ」
この子は一体いくつくらいなんだろう。17? 18? 今は勢いでなんでもできる年頃だが、そのツケは大人になって必ず払う日が来る。縁もゆかりもない相手とは言え、ほっておくのは寝覚めが悪い。
公女殿下を見ながら、横にいるヴィクトリアに話しかける。
「ヴィクトリア。カム・カーティスとの契約を頼む。俺は、一足先に帝都に戻っていろいろと手続きをしておく」
「オッケー。任せておいて」
「聞いての通りだ公女様。俺たちは、カム・カーティスと契約をする。好きになった相手を出世させたいという思いは立派だが、俺たちはそういう次元の話をしていないんだ。悪いな」
「それに、出世させたいならそんな搦め手じゃなく、もっと正攻法で行かなくちゃね」
公女に背を向け、出口に向かって歩き出す。
今後、ギルドとのかかわりはあるかもしれないが、公女や公主が関わる案件など、さすがにないだろう。二度と会わないと思って、ついあれこれ言ってしまった。大人になってできた心の傷は、治すのが大変だからなあ。
帰ったら、ギルドに報告してランクを上げてもらい、家を探そう。ヴィクトリアが戻ってくるまでに決めることができるだろうか。
アリアン嬢、リーディ、イヅモが待っている。飛空艇のチャーターもしなければいけない。イヅモのエサのため、熊も狩らなければ。
そっと、ヴィクトリアが腕を絡めて来る。気づかないふりをして、何も言わなかった。
さあ、帰国だ。
今回でとりあえず一区切りです!
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