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「……確かに、三頭火竜の牙ですね。しかし、これは見事だ。大きさと言い、鋭さと言い、ほれぼれします。それに、傷一つついていない。……いかがでしょう。よろしければ、こちらで高く買い取らせていただきますが……」
「残念ですけど、新しい武器の素材にしようと考えておりまして。申し訳ないのですが、お売りすることはできませんの」
「そうですか。いやしかしこれほどの素材を入手できるとは。『黒いメンフクロウ』、素晴らしい腕前をお持ちですな」
「ありがとうございます」
ヴィクトリアがギルドの鑑定人を前に笑う。俺は一歩引いた位置からそれを眺めていた。ていうか立派ですねて、そりゃそうだ。そもそも三頭火竜の牙じゃないしね。
チラト公国、首都トルメルの宿屋『白銀の水瓶』。
その中にあるギルド支部にて、『三頭火竜』の討伐を報告しているところだ。本来は三頭火竜ではなく、大分格上の『八俣遠呂知』だったのだが、まあそれを言ったところで混乱するだけだろう。また、Cランクのパーティーがどうやってそんな高ランクの魔物を倒したのだ、などと迫られてもたまらない。何しろご本人は存命の上ピンピンしていらっしゃる。探られると痛い腹なのだ。
ギルドに報告する前、討伐証明部位の鑑定のために鑑定人が出てくるだろう、どうすりゃいいんだと焦る俺。
ヴィクトリアはそんな俺の唇に人差し指を当てると、歌うように言った。
「こんな小さな国のギルド支部に、鑑定スキル持ちの鑑定人なんかいないわ。いるのは精々、何種類もの魔物を見てきた、元冒険者ってところでしょ。そんな連中に、この牙の持ち主がほんとうは誰なのかなんて見抜けるわけないじゃない。だから安心して報告に行きましょう。大丈夫、全部うまくやってあげる」
「一理あるな。ただ、やっぱり心配だぜ。もしも八俣遠呂知の牙だなんてことがばれたら……」
「その時は、『正義の光』が頑張ってくれたんです。私たちは知りませんでしたって言えばいいじゃない。クリスは心配性なのよ。まず96%は鑑定スキルなんか出て来やしないわ」
「微妙な4%が気になる」
果たして現在、彼女の読み通りに、目の前の男は鑑定スキルを持っていなかった。改めてヴィクトリアの洞察力には恐れ入る。この子には一体、何が見えているというのか。
ギルド発行の依頼書に、達成の印が押される。これで帝都に帰れば、俺たちはBランクパーティーというわけだ。そういえばメンバー募集も掲出の依頼をしっぱなしだった。帝都に戻っての報告がてら、取り下げてもらうことにしよう。
宿を出て、公主の居城に向かった。討伐の報告をしたいと門番に伝えると、現在は大事な会議の最中なので、もう二時間ほどしてから来てほしいとのこと。
仕方がないので、軽く食事を取ることにする。ステーキがメインの、なかなかしゃれた感じの店だった。時間が昼を少し過ぎていたこともあり、店内に客はまばらだ。案内されるがまま、窓際の席に座る。通りを歩く人々が良く見えた。
俺はロース、彼女はヒレステーキをそれぞれ頼む。席にはナプキンが用意されており、それを首に巻く。少しすると、店員が注文した肉を運んできた。熱々を楽しむため、下に熱した鉄板が敷かれており、油跳ねを防ぐべく、周りには紙がぐるりとまかれている。ご丁寧に、鉄板は牛の姿をしていた。遊び心があって実にいい。
ニンニクの効いたスパイシーなソースをぐるりと一周。更なる油跳ねとともに、香ばしい香りが広がる。
フォークを肉に突き刺し、そのままかぶりついた。口の中に肉の脂が甘く弾ける。これはいい。
しばらく無言で食べ続けた。肉も残り少なくなり、油跳ねもすっかり収まったころ、ヴィクトリアが口を開いた。
「いやー、お腹にたまったわ。美味しかったわね」
「ここいいな。今度皆で来よう。ま、チラト公国に来ることがあればだが」
「まあ来ることになると思うわよ。どうしたってね。それよりも今回はお疲れさまでした。あなたがリーディを連れて帰るなんて言い出した時はどうなるかと思ったけど、結果的には最高の成果だったわね。あなた、持ってるわよ。運」
付け合わせのポテトを残ったソースに絡めるようにして、そのままフォークで口に運ぶヴィクトリア。艶のある唇がなまめかしい。気づかれないように、視線を逸らす。
「いや、それを言うならヴィクトリアのおかげだろ。俺じゃあんな風に、リーディを活かす道を考えてあげられなかった。精々好きに暴れてもらうくらいだろうな。それがあんな重要な役回りに変わるんだから、やっぱりすげえよ」
「何度も言うけど、あたしの目標は『黒いメンフクロウ』のSランク昇格だからね。そのための努力は惜しまないわ。そしたら、自然と人の配置も思いつくものよ」
「そんなものかな」
そうよ、と頷いて、今度は同じく付け合わせのトウモロコシをフォークで刺す。二度ほど、フォークを逃れて跳ねた。
「ありがとうな」
ぼーっと逃げるトウモロコシを見ていたら、ふと、そうつぶやいていた。ヴィクトリアが驚いたような顔でこちらを見、それから笑顔になる。
「いまさら何よ。まだまだあたしのプランは止まらないわ。これから、もっともっと登り詰めるの。そのための準備も考えてあるし」
「頼もしいな。よろしく頼む。ヴィクトリア」
「でも、それはそうと、お礼されるのって悪くないわ。できれば言葉じゃなく、行動で示してほしいものだけど」
「行動? 何してほしいんだ?」
新しい武器や防具だろうか。カム・カーティスとも契約することになるだろうし、相談してみるのもいいかもしれない。「俺自身の成長」と言われれば、そこは努力しますとしか答えようがない……でもその可能性は高いな。
「あたしと、つきあってよ」
「いいぞ。どこに行きたいんだ?」
そう答えると、キョトンとした顔をした後、頬を膨らませるヴィクトリア。
「違うわよ。あたしが言っているのは、男女のお付き合いのこと。あたしを、彼女にしてって言ってるの」
「ああなるほど。そっちね……はぁ⁉」
思わず大声を出したせいで、周りにいた客が何事かとこちらを見る。軽く頭を下げた後、声のボリュームを落として続けた。
「お前は何を言っているんだ」
「そんなに意外?」
「そりゃそうだろ。今までそんな素振りなかったじゃないか。いきなりどうした」
「どうしたも何も、あなたがあたしの好意に気が付いてなかっただけじゃない。いい、よく考えて。好意もなしに、こんなに献身的に尽くす子がいると思う? 冷静に振り返ってみなさいよ。アピールしまくりだったじゃない」
そういわれて思い出す。パーティーに参加してくれてからの、彼女の働きぶり。俺たちを巧みに勝利へと導くその戦略。突発的な新入りへの対応も完璧だった。
「確かに、好意がなければできないな」
「そうでしょ」
「だが、全くそんな様子を感じ取ることができなかった」
「それはあなたの感受性がポンコツなだけよ。今後はそこの成長も必要ね」
「努力します……」
ステーキと一緒に頼んでいたコーヒーを飲む。すっかり冷めていた琥珀色の液体は、苦みを伴って舌を滑り降りていった。
「彼女になってどうするってんだ。俺なんか、何の面白みもないだろうに」
「ゆくゆくは夫婦になれたら最高ね」
「超絶剛速球」
「でも、何の面白みもないっていうのはすごい同意するわ」
「なんでだろう。自分で言ったはずなのに泣きそう」
でも、そういうところを好きになったわけじゃないから、といって、また彼女は笑った。
「とりあえず、今はまだ保留にさせてもらってもいいか? 『黒いメンフクロウ』に全力を費やしたいんだ。だから、誰かと付き合うことは考えられない」
「いいわよ。あたしも、今日OKが貰えるなんて思っていなかったもの。ただ、いいの? Sランクになったとき、あなたはあたしの魅力にメロメロになっているから」
コーヒーを手に取り、のどを潤すと、こちらにウィンクを一つ。
「その時になって、もしあたしが心変わりをしてたら、滅茶苦茶後悔するわよきっと。今が大チャンスなんじゃないかなー」
「いかん、ちょっと心が動きそう」
「うそうそ。あたしの気持ちは、多分変わらないから。だから、まずはSランクを共に目指しましょう。これまで以上に頑張っちゃうわよ」




