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まさか、馬まで貸してくれるとは。
後ろの荷台をちらりと見やり、俺は再び馬車の手綱に意識を集中した。
大男が、こちらに返すのは全てが終わった後でいいと、気前よく貸してくれたものだ。
鉱山を抜け、山道を往く。街までは半日といったところだ。夜もすでに更けてきたので、このあたりで一泊することになるだろう。
荷台では、イヅモがリーディの横で丸くなっていた。すでに拘束は解かれており、
帰り道は、飛空艇を貸切らなければならないだろう。死体と思わせるため、イヅモにはしばらくじっとしてもらわなければいけない。窮屈だが、我慢してもらおう。
少し開けた場所があったので、ここを今夜の寝床にすることに決めた。馬車を止め、馬をつなぎ、テントを下ろす。設営を行っていると、荷台からイヅモが降りてきて、少し離れた場所で丸くなった。なんて可愛さだ。
ペグを打っていると、リーディがそばにやってきた。手伝うことはないかと、気を使ってくれたらしい。なんとなくそばにしゃがむので、近くのペグを打ってもらうよう頼んだところ、一撃で地中深くまで埋まった。すげえな。
「イヅモも、手伝いたがってるの。何かやること、ある?」
「それなら」俺はカバンの中から数種類の干し肉を取り出して、リーディへと手渡した。「あいつの食の好みが知りたいから、どれがストライクか聞いてきてくれ。あと、いつもは何を食べてるのかも知りたい。頼めるか」
「うん。任せておいて」
リーディは俺から干し肉を受け取ると、イヅモのもとへと歩いて行った。何が好きなんだろうなあいつ。
アリアン嬢はカバンから食料を取り出し、調理の準備。ヴィクトリアは石を積み上げて、竈の準備をしていた。
ここは街道に近いが、もう少し奥まで入れば、八俣遠呂知の巨体でも隠すことができるだろう。明日、ギルドと公主に報告し帰ってくるまでは、ここで彼らに待ってもらうのがいいかもしれない。
「明日、公主様に報告するんですよね」
アリアン嬢が、こちらに来てそう聞いてきた。食料を一通り用意し終えたらしい。
「うん。依頼の報告をしなきゃいけないからね。あとは、あのお姫様に嫌味の一つでも言ってやろうと思って」
少女が吹き出す。
「あまり、やりすぎないでくださいね。恨まれると、後々面倒ですから」
「ま、ほどほどにしておくよ」
「リーディちゃんとイヅモちゃん、寂しいでしょうから、私が一緒に待ってましょうか?」
「本当か?助かるよ。ありがとう」
「いえ。こんなことくらいしかお役に立てませんし……それに」
もじもじとしながら、頬を赤らめる。
「あまりにムカついて、手が出ちゃいそうですから」
「そっちかい」
「死体にしたい、って、割とウィットに富んだジョークですよね」
「富んでねえし、そもそもうまくもないぞ」
頬を赤らめていたのはなんなの? 怒りなの?
「そんなわけで、お留守番はお任せください。もしイヅモちゃんを見られた時には、秘密裏に処理しておきます」
「処理って言ったね? 今君、処理って言ったね?」
笑いながら、アリアン嬢が去っていく。ヴィクトリアの竈の準備ができたので、調理を始めるようだ。その準備のため、水を汲む革袋を持ちどこかに向かう。沢があるのだろうか。
入れ替わりに、リーディが手ぶらで戻ってきた。干し肉を全てイヅモに食べさせたのだろうか。
「どの肉が好きか聞いてきた」
「ありがとう。それで、何だって?」
「人の肉が一番好きだって」
「不穏すぎるし、まず俺が渡した干し肉の中に人の肉は入ってねえ」
「一番好きなのは人の肉だけど、貰った干し肉の中では、最初にもらったやつがいいって言ってた。これ、見せてほしいって」
そういうと、ワンピースの裾から一枚の干し肉を取り出した。手品のようだった。どこから取り出したのそれ?
「……熊の肉か」
「食べ応えがあるって喜んでた。力が付くような気がするって」
「そうか。ありがとう。これでイヅモの食糧事情は解決だな」
何しろ抱熊の肉は売るほどあるのだ。足りなくなれば狩りに行けばいい。ホッとしつつ、最後のペグを打ち込んだ。後はテントのロープを結べば、今夜の寝床が完成する。
ロープを結び始めるが、リーディが側から離れようとしない。どうしたのだろうかと思いつつも、気にせず作業を続けていると、彼女がぽつりと言った。
「……良かったの?」
「何が?」
「私を仲間に入れたこと。それから、イヅモを連れて帰ること。……無理してない?」
「なんだ、そんなことか」
俺はリーディーの頭をくしゃくしゃと撫でる。まるで猫のように、リーディーが目を細めた。
「無理なんかしてねえよ。俺は、お前とイヅモを仲間にしたいと思ったからしたんだ。これから先の冒険を、お前らと一緒にしたいから声をかけた。それだけさ」
「……」
「本音を言うと、リーディのことがとても他人事とは思えなかった。俺も、パーティーの中で役立たず扱いされて、それでいたたまれなくなって抜けたからな。……恥ずかしいから、あまり言いたくなかったけど」
びっくりしたのか、目を見開いてこちらを見てくる。その様子があまりに無防備で、ついまた頭を撫でてしまう。妹がいれば、こんな感じなんだろうか。
「だから、一緒に証明しようぜ。俺たちは役立たずなんかじゃないってこと。今俺たちは、Sランクのパーティーを目指してる。冒険者の最高峰だ。もしかしたら、というか、多分その最中、リーディーの元仲間とも戦うことになると思うけど……」
「やるよ」
おとなしいリーディとは思えないほど、ハッキリとした返答に、逆に俺が驚いてしまった。彼女はまっすぐこちらを見つめ、強い口調で応える。
「あの時は、あの人たちを仲間と思いたかったのかもしれない。でも、今私を必要としてくれてるのはあなただから。だから、私はあなたのためだけに、彼らと戦う」
そこまで言って、少し目を伏せた。
「……もしかしたら、力不足かもしれないけど」
「そんなことはない。ウチのヴィクトリアは、滅茶苦茶頭がいいんだ。俺たちでは思いもつかないようなスキルの組み合わせ方や戦い方を考えてくれるさ。俺たちはこの4人で、世界最高峰を目指す」
「簡単に言ってくれるけどね」
後ろから、ヴィクトリアがやってきた。その向こうでは、竈が赤々と燃えている。熱かったはずだが、汗一つかいていない。俺だったら今頃汗だくのはずだが、不思議だ。どういう仕組みなのだろうか。
「いくらあたしでも、できることとできないことがあるのよ。……ま、気持ちはわからなくもないから、なんとか考えるけどさ」
「本当に、ヴィクトリアは優しい子だよな。ありがとう」
「……ほ、褒めても何も出ないわよ。それより、この子のスキルをちゃんと教えてよ。それ次第で、立てる戦略も戦い方も変わってくるわ」
遠くに、アリアン嬢が、水を革袋に詰めて戻ってくるのが見えた。俺は二人を見ると、笑いながら言う。
「それじゃ、その話は食事をしながらゆっくりすることにしようか。アリアン嬢も戻ってきたし、皆で準備しよう」




