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第四階層に降りても、『正義の光』の姿はなかった。罠を仕掛けながら先に行っている可能性も考えて、ゆっくりと、確実性を重視して進む。
「ま、第四階層じゃ、人の命を奪うくらいの罠はないと思うけどね。さすがに大がかりすぎるし、万が一鉱夫が入ってきたら大惨事だもの。『逃がしたくないから罠を張りました』って言い訳が通用するのは第五階層よね」
ヴィクトリアが笑いながら言う。そうはいっても、睡眠や麻痺系の罠はあるかもしれない。念には念を入れよう、と。
俺とアリアン嬢が、その言葉に頷く。そして、お互いに少し距離をとりながら罠を探った。万が一何かあっても、被害を最小限に抑えることができるように。
「それにしても、何にも出ませんね」
「第四階層は、ちょっと前まで人が働いてたとこだからな。第五階層に三頭火竜が居座っているなら、まあここはこんなもんだろう」
慌てて避難したのか、カンテラで照らせばあちこちに、横転したトロッコや放り投げられたツルハシが転がっているのが見えた。おそらく級に魔物が現れたためだろうが、人命を第一に考えて撤退の決断を下せる、あのスキンヘッドの大男を、俺は好ましく思った。と同時に、あの腹の立つジェイ・サンクスという支部長を思い出す。
「そういえば、ことの発端になったカム・カーティスって、そんなにすごい職人なのか?」
「あ、それ、私も聞きたいと思っていました」
「……二人とも、あの公女様が言っていた通り、いい職人は国の宝よ?高名な職人くらいは押さえておきなさい」
ため息をつきながら、ヴィクトリアが言う。あたりを確認したのだろうか、カンテラの光が上下に揺れた。
「カム・カーティス。46歳。若いころから金属加工技術に秀でたものを持っていて、15の時に職人を志してマクリントック工房に入門。25の時に作った『阿修羅鎧』が、当時のSランクパーティー『猛る栄光』のリッチ・ローに認められ、世に出たわ」
リッチ・ローは、10年前の魔王との戦いで命を落とした元Sランクパーティーのアタッカーだ。魔王に討たれるまでの30年、全速力で英雄として駆け抜けた。その生きざまに憧れ冒険者を志す若者も多く、彼の出身地であるマルデ王国では、彼の伝記や絵本が出ているほどだ。もちろん俺も、小さいころ夢中になって読んだ口だ。草で作った秘密基地にダニと寝ころび、いつかこうなるんだと語り合った。
「そのときには、『猛る栄光』も専属の職人がいたから、彼との契約は諦めたみたいだけど。でもSランクパーティーの人気者が褒めるなんて相当よ。まあそんなわけで、一躍トップクラスの仲間入りをしたってわけ。そのあと、28で独立。『女神の前髪』の専属になって今に至るわ」
「なるほどなあ。じゃあ、Sランクの武器防具についても」
「当然作れるでしょうね。まあ素材さえあればだけど」
「それは私たち次第ってことですね」
「そういうこと。そのためにも、できればここでBランクに上がっておきたいわね。『正義の光』が先を越してなきゃいいけど」
「さすがに、もう魔物と遭遇しているはずだがなあ」
この第四階層でも出会わなかったということは、もう第五階層の三頭火竜と出会っているはずだ。鉱山は広いので、もしかしたら、すでに帰還している連中と入れ違いになっている可能性もあるが。
または、どこかに身を潜め、俺たちを殺そうと好きを隙をうかがっているのだろうか。
「……でも、それなら、そろそろ襲ってきてもいいはずだがな」
「もしかしたら、どこかで迷子になってるんじゃないですか」
「ありそうで怖いな」
「待ち伏せしている間に、私たちが別ルートから通り過ぎちゃったんじゃないの」
「悲しすぎるだろ」
地図によると、第四階層までは、複数のルートで下に降りることができる。
この暗い鉱山の中で、誰も来ない場所でじっと待ち続ける彼らを思うと、何とも言えない気持ちになった。帰りは来たのと同じ道を通って帰ろう。
「クリスさん、ヴィクトリアさん、こっちに梯子があります!」
俺の思考を中断するように、アリアン嬢が呼ぶ。行ってみると、確かに梯子があった。
地図では、第五階層に降りた後、扉を一つ隔てて、前線基地の候補地があるはずだった。つまり、下に降りて扉を開ければ、三頭火竜がいる、いうことになる。
自分のカバンを外し、ポーション類や各種薬品など、割れやすいものを出した後、梯子にひっかけて下に落とした。ドサ、ドサと音を立ててカバンが落下し、やがて静かになる。その間耳を澄ませていたが、特に反応はない。下で待ち受けているかと思ったが、いないのか、それともそれすら無視できるほど訓練された連中なのか。
次に、カンテラにアリアン嬢が持つロープを巻きつけ、これもゆっくりと下ろす。こちらも、とくに妨害されることもなく第五階層の地面まで下ろすことができた。梯子の周辺数メートルを明るく照らすが、その光は途中で暗闇に吸い込まれていた。
『正義の光』の姿は見えない。
梯子に足をかけ、二人を見上げながらいう。
「……さて、それじゃ、まずは俺が降りる。何かあったら合図するから」
「了解。もしも『正義の光』が殺し屋集団なら、ここが一番狙いやすいところだと思う。大丈夫だとは思うけど、気をつけてね」
「ああ」
「あたし、まだ未亡人になるのは嫌よ」
「今クリスさんが死んでも、ヴィクトリアさんが未亡人になることはないから安心してください」
「ふふ、どうかしらね。案外もう」
「クリスさんが独身なのは調べがついてるんで。笑えない冗談はこのあたりで」
梯子を降りながら、小声で話す二人のやり取りを途中まで聞いてたんだが、なんか笑えないこと言ってなかった? 気のせいかな?
あと数メートル、というところで、狙撃されるのを防ぐため、一気に飛び降りる。膝に軽い痛みが走った。カンテラをかざすが、完全に暗闇が晴れたわけではない。アリアン嬢に合図を送り、もう一つカンテラを下ろしてもらう。
送り込まれたカンテラを梯子のたもとに置き、自分の明かりを掲げて周囲を探索する。直径およそ50メートルといったところだろうか。がらんとした空間だった。『正義の光』の姿はやはり見えない。
安堵しながら、上にいる二人に合図を送る。まずヴィクトリア、そしてアリアン嬢が降りてきた。後方の安全を確保するためだろう。アリアン嬢はそういう気遣いができる子だ。いい子だよ本当に。
降りてきた二人とともに、扉の前に立つ。ここまで来ても、中から戦闘音が聞こえてくる気配はなかった。というか、音自体がしない。
「さて、この扉のむこうに、三頭火竜がいるはずなんだよな。やけに静かだが」
「相打ちになったとかですかね」
「それだと楽なんだけどな。待ち伏せしてる可能性は?」
「やるなら、扉の向こうじゃなくてここが最大のチャンスだったと思うんだけどね……。どうしたって、身構えながら入るわけだし」
二人の顔を見つめ、そしてゆっくり頷く。
そして俺は、扉を開けた。




