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公主に言われ、まずはチラト公国のギルド支部に向かうことになった。鉱山は公国の主要産業であり、セキュリティを担保するため、入り口でチェックが行われるらしい。その際、公主からの依頼を示すコインが必要となるというのだ。これがないと門前払いらしい。
チラト公国は小さな国だが、通りには活気があった。城下の通りでは人々が露店を出しており、帝国では珍しい野菜や魚、それにアクセサリーなどを売っていた。
「もしかすると、命を狙われるかもしれないから、準備は念入りにね。特に毒と睡眠と麻痺系の罠を回避できるようなやつ。鉱山みたいな閉鎖された場所で身動き取れなくなったら一巻の終わりだから」
そういいながら、露天商が並べているアクセサリーを手に取る。赤い宝石のついたネックレスだった。それを真ん中に配置し、それほど透明感のない、赤い石を鎖の代わりに配置している。
「それ、攻撃力上昇【極小】の効果がついてるぞ」
「あ、やっぱりアクセサリーって、そういう効果があるんだ。あなたのその能力、本当に便利よね」
「じゃあ、こっちの緑の宝石の指輪はどうですか?」
アリアン嬢が言う。彼女が指さしたのは、少し濁った緑色の宝石が、シンプルに一つだけ嵌ったものだった。台座に使われている金属が良くないのか、効果もあまり高くない。
「それは、防御力上昇【気持ち】だな」
「極小ですらないんですか……」
がっくりと肩を落とす彼女を見ながら、ヴィクトリアが笑う。
「まあ、露店ならこんなものよ。装飾具は専門のスキルを修めた職人が作るもので、当然使う材料や本人の技量によっても効果は異なるわ。ま、それとは別に、神代の装飾品なんかがたまに見つかることがあるらしいけど。『明けの明星』の「法の理の外の指輪」なんかがそうよね。そういうのはもう、反則としか言いようのない能力らしいわ」
「……確かに、あれはそうだな。規格外だ」
「あ、そうか。一回見ているもんね。何が上昇するって?」
「素早さだな。あそこは皆、素早さ優先で装備を整えていたように思う」
「さすがにわかってるわね。戦いは速度が命。Sランクなら、押さえていて当然か……」
うんうんと、納得した様子で頷く。アリアン嬢は、紫の宝石があしらわれたブレスレットを見ていた。それ「毒減少【極小】」だから、今の君の装備とまるかぶりだぞ。
「……とはいえ、今は職人と契約しているわけでもなし、さっき言ったみたいに、毒と睡眠と麻痺系の罠を回避できるようなものがあれば、ここで買っちゃうのも手ね。ねえクリス、指輪でそういうのないかしら。あたし指輪がいいなあ」
「指輪か?まあいいけど」
「……だ、ダメに決まってるじゃないですか! 何をそんなさらっと……! クリスさんもクリスさんですよ! ちゃんと断ってください!」
「でも、ネックレスだと首元気になるとか、いろいろあるのかと思って」
「そうよ。あたし、首と名のつくところに何か身に着けるとかゆくなって仕方ないの。だからしょうがないのよ」
「あーもう! じゃあ私も指輪がいいです! はいこれで決定! クリスさん、ちゃんと選んでください!」
アリアン嬢の剣幕に押され、指輪を見る。ほとんどがステータス、攻撃力や防御力を上昇させるものだったが、その中に睡眠無効や麻痺無効といったものがあった。ただその後ろの効果が実に微妙なのが困る。なんだ睡眠無効【ほんのり】って。
結局、アリアン嬢に睡眠無効【ほんのり】と、ヴィクトリアに麻痺無効【ちょっぴり】の効果がある指輪を買った。アリアン嬢のは薄い緑色の宝石、ヴィクトリアは薄い黄色の宝石が嵌っている。ていうか、ほんのりとちょっぴりって、どっちの方が効果があるんだろう。
指輪はサイズ直しが必要ということで、その場では受け取らず、いったんギルドへと向かうことにした。おいしそうな焼き魚の匂いが漂ってくる。
「そういえばヴィクトリアさん。結局、誰が私たちの命を狙ってくるんですか?」
歩きながら、アリアン嬢が尋ねる。迷うそぶりを見せず、ヴィクトリアがそれに答えた。
「ルシール公女殿下よ。あたし達のことも気に入ってなかったみたいだし、カム・カーティスも渡したくない。そうなると、依頼を失敗させるか、あたし達を鉱山の中で殺すかのどっちかになるわけ」
「鉱山の中で襲ってくるわけですよね」
「まあそうなるわね」
「親でもわからないくらいにぐっちゃぐちゃにしたら、私たち罪に問われないんじゃないですかね」
「一理あるわね」
「ねーよ」
「細切れならどうでしょう」
「大きさの問題じゃない」
どうせ装備品やら、その他の情報でバレるというと、しぶしぶアリアン嬢が納得する。少しして、実に明るい表情で1人頷いた。
「三頭火竜に喰われたことにするのはどうでしょうか」
「悪くない……のか?」
「いいと思うわよ。ただ処理が面倒よね。食べられたことにするなら骨を残すか、そうでないなら身体の一部を消さなきゃいけないわ。どっちもしんどいわね」
「どうにもならなくなったら、モズの早贄みたいに、どこかに置いてきましょう。三頭火竜がやったことにして」
「三頭火竜がそんなことするかなあ……?」
そんなことを話しているうち、遠くに、ギルドの支部を表す看板が見えてきた。宿屋の一階のスペースを改装して使っているらしい。
「依頼を失敗させるパターンは?」
「あたし達より先に鉱山に入って、三頭火竜を倒してしまうパターンでしょうね。でも狩りにもBランクの魔物だから、そう簡単じゃないと思うけど」
「暗殺や依頼の横取りに、Aランクのパーティーが出ると思うか?」
「まあ、まず出ないでしょう。先日のごたごたが収まっていないし、それに暗殺なんて依頼をAランクの連中が引き受けるとは思えない。多分C、良くてもBランクでしょ」
もしかすると、裏社会の連中が出てくるかもしれない、と言って彼女は笑った。宿屋の入り口に就いたので中に入る。宿の受付の奥に小さな個室があり、どうやらそこがギルドの支部らしかった。
「君たちが『黒いメンフクロウ』か」
個室の真ん中に、応接用のローテーブルとソファがあり、奥には重量感のある執務用の机と椅子があった。その椅子に座っている男が、こちらを見ながらそう言う。
全体的に、神経質な感じを受ける。ぴっちり七三に分けた髪は、何かの油で固められているし、細い銀縁の眼鏡は、その奥の糸のような目をさらに際立たせていた。さらに言えば、さっきから貧乏ゆすりが気になって仕方ない。
「公主様からの依頼により、鉱山の三頭火竜を討伐することとなりました。『黒いメンフクロウ』です。宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げる。頭の上から、鼻で嗤う音が聞こえてきた。
「公主様も、なぜこのような連中に指名依頼を出したのやら。おまけに、カム・カーティスとの専属契約? ふん、身の程を知らぬというのは哀れなものだ」
「上を目指しておりますゆえ。弱者のたわごとと聞き流していただければ幸いです」
俺が答えている横で、同じように頭を下げているアリアン嬢のこめかみに、誰が見てもわかるくらいわかりやすく血管が浮かんでいた。大丈夫なのそれ?
「貴様らが成功するとはとても思えんので、別の者たちにも依頼を出しておいた。どちらが先に討伐しても、ギルドとしてはその正当性を認める」
「ギルドとして、ですか?間違いありませんね? よろしいのですね?」
ヴィクトリアがすかさず尋ねる。どう考えても横やりを入れたのは公女殿下とこの男だろう。それをギルド全体の話にするなら、俺たちも帝都に帰ってその非道を訴えることができる。
「……チラト公国のギルド支部としての決定だ」
まずいと思ったのか、椅子に座った男がそう言い直す。
小物か。
吹き出しそうになるのをこらえる。いきなり論破されてんじゃん。大丈夫なのこの人。




