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「クリスさん! 今日もいい天気ですよ! 早く行きましょう! 依頼が私たちを待っています!」
「うわあびっくりした! なんだって毎朝毎朝勝手に部屋に入って起こしに来るんだよ!」
「こないだ買った本では、パーティーの間では常識、みたいなことが書いてありましたので」
「なんてタイトルの本?」
「『異世界転生した俺のチーレムがマッハで困る件について』だったかな?」
「捨ててらっしゃいそんなもの」
アリアン嬢とは、同じ宿の別の部屋で生活している。それにしたって、鍵がかかっていたはずなのだが、一体どうやって……?
彼女は、すでに外出着……というか、軽鎧を着こんでいた。蜂蜜色の瞳が、くりくりと良く動く。栗色の明るい髪は、すでに肩甲骨の下あたりまで延びていた。
最初に会ったときは、下手をすると12~13歳くらいかなと思わせられた幼い雰囲気も、少しは大人っぽくなった。
大人と子供のちょうど境目くらいの何とも怪しい魅力を放っており、変な虫が付かないか心配になる。前回のようなサポート依頼で他のパーティーと一緒になるときは気を付けよう。保護者としては、可能な限り健やかに成長してほしい。
もぞもぞと起き上がり、口をゆすぐ。起きたら全裸で、アリアン嬢が「キャー」と叫ぶ……などということはない。きちんとパジャマを着ている。
『夜の牙』時代、スタールなどは一糸まとわぬ姿で眠ったりしていたが、俺はちゃんと着て眠る派だ。なぜか裸で寝るとかゆくなるのだ。肌が。
「ようやく今日から依頼が受けられますもんね!後始末、大変でしたねえ」
そう。
あの撤退戦から3日。ようやく帝国のギルドは落ち着きを取り戻した。
Sランクパーティー『明けの明星』が敗北した。そしてその原因は4体の魔王級の魔物だ、というセンセーショナルな内容は、帰還した翌日には世界中が知ることになった。
幸いにして、魔物たちはマイセキ古戦場にとどまっているらしい。チラト公国は、首都につながる街道に高さ5メートルの壁を立てると発表した。
「帰りの飛空艇の中とか、ひどい雰囲気だったもんな」
「あれはもはやお通夜ですよ。二度と体験したくないですね」
俺たちが飛空艇に乗り込んだ後、30分ほどして『実に醜い鳥』の連中が戻ってきた。全身傷だらけだったが、1人も欠けることなく帰ってきたのはさすがとしか言いようがない。
その後、30分待ち、誰も戻ってこないことを確認した後、リザ・メナが出発を指示する。
飛空艇の中は、死屍累々。150人定員の飛空艇は、いまや「ガラン」といった表現がぴったりだった。
あちこちで、すすり泣きが聞こえる。『奇跡の泉』のように、メンバーの抜け殻を抱えた者、それすら許されず、一人欠けた席を眺めて呆然とするもの。
全員生還したパーティーも、満身創痍で身動きが取れない者がほとんどだった。俺たちも、もはや動く気力すらなく、席にもたれる。
リザ・メナ、そしてシャルロット・ペンドラゴンが何か言っていた。おそらく依頼失敗の謝罪なのだろうが、もうどうでもよかった。隣で眠るアリアン嬢を見ながら、彼女が五体満足で生き延びたことにほっとする。
だってそうだろ?Eランクの、それも二人しかいないパーティーが、まさかの全員生還組にいるんだから。誰が死ぬかの賭けがあれば、俺たちは大穴中の大穴だろう。
「良く生き残ったもんだよなあ」
「本当ですよ。あの後、ほとんどのパーティーが解散もしくは再編成を余儀なくされてますからね」
「『明けの明星』も再編成だろ? あそこに新しく入れるようなメンバーなんかいるのかね?」
「Aランクのパーティーからスカウトするんじゃないかって噂がありますよ。皆今回、相当手ひどくやられましたからね」
ギルドがその機能を再開するのに時間がかかった理由は、ここにあった。機能不全に陥ったパーティー同士の合併や解散、有望な冒険者のスカウトを処理しなければならない。冒険者同士に任せていては、ことと次第によっては殺し合いに発展することもあるからだ。
また撤退の際、1人も帰ってこなかったパーティーは2組あった。どちらもAランクで、国としては途轍もなく大きな損失を出したことになる。
「あと、私たちのランク、もしかしたら特例で上がるかもしれないそうです」
「おっ、マジか」
「まあ、BランクとCランクの魔物を相手にしてましたからね。さすがにいまさらEランクの昇格試験を受けろとは言われないですよね」
「あと、国もギルドの立て直しに必死なんだろ。上位ランクが軒並みガタガタだからな」
胸当てをつけ、カバンを腰から下げる。アリアン嬢と連れ立って、階段を降り、宿の外に出ようとすると、食堂を兼ねる一階で朝食をとっている客どもが俺たちを見た。
「お、『くロリメンフクロウ』のご出勤か」
「誰だ今言ったやつ。一歩前へ出ろ」
「おお怖い怖い。お前らにかかっちゃ、俺たちなんぞ一撃でコ……ロリだろうからな。勘弁してくれよ」
ここの連中とも、なんだかんだ長い付き合いになる。もはや恒例となった朝の挨拶だ。
「しかし、クリスもうまいことやったよなあ。お嬢ちゃん、綺麗になったもんだ」
「あら、ありがとうございます」
アリアン嬢が客の一人に向かってほほ笑む。スキンヘッドで顔に傷がある、柄が悪く見えるタイプだが、根はいいやつなのを俺は知っている。
「そのうち、どこかの王子様あたりから求婚されちまうんじゃねえの?」
「それは、どこの国の王子様かにもよりますよね。私、お金かかるんですよ」
「わはは。Eランクパーティーにいながら言っても説得力がないぜ。クリス、お前本当にいい子を仲間にしたよな」
「顔とかじゃねえ。心で選ぶのが大事なんだよ」
「ひゅー、本物のロの字は言うことが違うぜ」
「よし表に出ろ」
「もう、バカなことやってないで行きますよ。ほら早く」
ギルドに到着し、受付で名前を告げると、奥のテーブル席に通された。『明けの明星』に声をかけてもらった時の賑わいは、今はまったくない。
対応してくれたのは、コリンさんではなく、別の人だった。コリンさんは上位ランクのパーティーも担当しており、そちらで忙しいとのこと。
事務的で、少しだけ冷たい印象を持つ彼女は、くろがねの眼鏡のふちを持ち上げながら言った。
「まず、『黒いメンフクロウ』については、Cランクへと昇格になります」
「いきなり2ランクも上がるんですか?」
「今回はかなり特殊ですが、あなたたちはCランクの魔物に十分対抗できる力があると示されましたので。もちろん、イレギュラーな形での昇格になりますので、今後3か月間は、Dランクの依頼も受けることができます」
帝国ギルドが始まって以来のスピード出世ですよ、と小さく笑う。
「同時に、『黒いメンフクロウ』に加入したいという希望が何人かの冒険者からきております。どうされますか」
あー、なるほど。先般の戦いで、壊滅したりしたメンバーが、新しいパーティーを探しているのだろう。
「たとえば、どんな方ですか?」
「えっと……たとえばこの人は、45歳、Eランクで」
「却下で」
俺より早く、アリアン嬢が反応する。
眼鏡の受付嬢は、動じることなく手元の書類をめくった。
「また、専属契約を結びたい、という職人からの売り込みも来ております。こちらは書類にまとめておきましたので、後でご覧ください」
すっと押し出された黒い革の表紙をめくると、職人の名前と顔、それに扱える素材などが記されていた。続けてページを繰ろうとすると、受付嬢がもう一冊のファイルを出してくる。こちらには、魔物の名前と顔、それに依頼の文言や報酬などが書いてあった。
「大変申し訳ないのですが、いくつか、すぐにでもお請けいただきたい依頼がございます。何日か業務が止まったことにより、緊急性が増してしまったものがありまして」
「Cランクのものばかりですね」
「そのための昇格ですから」
「受付嬢さんちょっと正直すぎやしませんか」
結局、俺たちはCランクの魔物『動くが死んだ伽藍洞』の討伐を引き受けた。土地の瘴気を吸いあげ、新たなアンデッドを作り出すこの魔物は、ほっておくとどんどんと力をつけてしまうため、確かに緊急性が高いと言えた。
ここから馬車で二日ほどの砦の近くに現れたらしい。今すぐに向かってほしいと、なかば押されるようにして入口へと向かう。
突然、アリアン嬢が動きを止めた。勢いあまって俺がぶつかり、そのあと眼鏡の受付嬢がぶつかる。
「どうしたアリアン嬢」
「クリスさん……あの人」
ギルドの入り口に、見覚えのある顔が立っていた。
亜麻色の髪、濡れた瞳と唇。そして揺れる二つの凶器。
『奇跡の泉』のヴィクトリア・ノワールだ。
彼女は俺をまっすぐに見つめると、蠱惑的に笑った。
「クリス・イングブルム。あなたの力になりに来たわ」




