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『実に醜い鳥』様、と呼びたくなったね。
彼らが食い止めているポイントでは、Aランクの魔物が複数出現していた。砦跡と飛空艇を直線で結べるこの位置は、撤退戦の命綱とも呼べる場所だ。こちらの事前の読み通り、強敵が出現している。
俺では名前も知らないような金色の魔物と、かつて戦った『メズ』のようだが、馬の代わりに牛の頭を持つ魔物が、それぞれメンバーに襲い掛かっていた。
その猛攻を、彼らは完璧に受けきっている。それどころか、魔物を押し返していた。
すげえ。その一言しか出ない。
身の丈を超えるほどの大きな剣をもち、金色の魔物に斬りかかっている、あの男がリーダーなのだろう。矢継ぎ早にメンバーに指示を出していく。
金色の魔物が振りかざした爪を、大剣の腹で受け止めながら、声と意識をこちらに向けてくる。
「おう! 生き残りか! そこの」首だけを後ろにひねって続ける。「後ろからまっすぐ進め! 飛空艇まではまだ距離があるが、なに、俺たちがここで踏ん張ってる限りは大丈夫だ!」
牛の頭を持つ魔物は、メズ同様、その腕力で得物を振り回していた。メズと異なる点は、向こうが棍棒だったのに対し、こちらは斧だということだろうか。風を切り裂いて襲い掛かった斧は、しかし『実に醜い鳥』の大盾を構えた大男に防がれる。
「お前ら、『黒いメンフクロウ』だろ?さっき、『奇跡の泉』の退却に協力してくれたよな!」
驚いた。なんでそれを知っているのか。
表情に出てしまったのだろうか。気配だろうか。盾を構えた男とリーダーが、同時に笑った。リーダーが続ける。
「さっき、撤退の狼煙を見たよ。引き上げるのに、狼煙を上げなかったバカを除けば、お前らが多分最後だ。よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
「じゃあ、『明けの明星』は……!」
「15分くらい前かな。ここを通って引き揚げた。ファイ・プレストが殺られたらしい。あいつらも相当手ひどくやられてたぜ。それで、撤退を決意したそうだ」
『明けの明星』が、あれだけの攻撃力をいかんなく発揮できるのは、後ろにファイ・プレストの強力な回復が控えていることが大きかった。何しろ普通の傷はもちろん、戦闘不能からでも回復できるのだ。文字通り、後先考えずに突っ込むことができる。後ろには、汲めども尽きぬ回復の泉があるのだから。
それに蓋をされてしまえば、なるほど彼女たちの能力は半減したといってもよい。
盾を構えていた男が、牛頭を弾き飛ばす。4メートルを超える巨体を、2メートルに満たない人間が弾き飛ばすのは、異様な光景であり、夢でも見ているかのようだった。
「なんでも、魔王クラスの魔物が4体も現れたんだと。しかも、集中的にファイ・プレストを狙ってきたらしい。悔しそうに、リザ・メナが言っていたよ」
魔王クラスが4体では、いくら『明けの明星』でもダメなはずだ。もはや全世界で協力し、事に当たらなければいけない案件である。
古戦場から出てこないことを望むしかない。出てきてしまえば、少なくともチラト公国はおしまいだろう。
「他のパーティーは、無事なんですか?」
アリアン嬢が聞いた。それに、顔だけ向けてリーダーが答える。
「さっき言った通り」
リーダーがかざした槍の先から、雷光が奔り魔物を撃つ。
「狼煙を上げた連中で、まだ戻ってきてない連中はいない。無事かどうかは保証しかねるがな。さっきから全パーティ撤退の合図となる青い狼煙を上げている。このまま飛空艇まで戦線を下げて、まだ戦っている連中が戻ってこなけりゃそれまでだ」
何しろ死人を待つことほど無駄なことはない、と豪快に笑った。
「ここは大丈夫だから、早くいけ! 足手まといになる!」盾を構えた男が言う。「セルジオ! そっちにもう一匹行った!狙い撃ちにしろ!」
力になりたいのに、力が足りない。
なんとも歯がゆい。援護して、一緒に戦いたいと望んでいるが、現実はそれを許さない。Bランクの魔物に手こずっている今の俺たちでは、盾の男に言われた通り、足手まといにしかならないだろう。
「……行こう、アリアン嬢。撤退だ」
「……はい」
苦い思いをかみしめながら、『実に醜い鳥』に背中を任せて歩き出す。
しばらくは、二人とも無言だった。直接何かと戦って敗れたわけでもないのに、打ちのめされた感じがする。彼女も同様なのだろうか。
途中で、少しずつ水を飲みながら進む。飛空艇のひの字も見えない。あとどのくらいなのだろうか。
「……なんか、楽しい話、しませんか?」
アリアン嬢が、こちらを見ることなく、ぽつりとつぶやいた。
「楽しい話?」
「そうです。なんか気分が上がる話、しましょうよ。こんな時だからこそですよ」
そういわれてもな。なかなか思いつかん。こないだ露店見るだけで笑いがこみあげてくる形の仮面が売ってた、ということが思い出され、それを話そうとしてやめた。面白いけど楽しい話ではないかと思って。
「じゃあ私からしますね」
少女が、まっすぐ前を見たままいう。俺は頷いた。
「私、欲しいものがあるんです」
「どんな?」
「斬りつけたそばから皮膚や鱗が腐り落ちるような武器がほしいです」
「あきらめてなかったんだ」
「『火樹銀華』が常に使えればいいんですけど、そうもいかないですし。別の方法で敵の動きを止めるか、一撃で倒せるように強くなれば、もっと楽に戦えると思うんですよね」
俺の攻撃はカウントに入っていない……んだろうな。うん多分。
地味に傷つきながら、アリアン嬢の話を聞く。
「『夜の牙』時代にも、こんな風に撤退したことはあるんですか?」
「ここまで大規模なのはなかったけどな。もちろん、何回もあるよ」
「私、強くなりたいです。二度とこんな思いをしないように」
「アリアン嬢?」
彼女の声が震えたのに気づき、顔を上げる。ぎょっとした。蜂蜜色の瞳から、涙がこぼれている。
「何も……。何もできなかった。お金のために冒険者になったし、そこそこ稼げて楽しくやれればいいと思ってたのに……! こんなに! こんなに悔しいなんて!」
「……強くなろう。この悔しさは、それでしか晴らせないよ。二人で頑張ろう」
少女の、震える小さな肩を抱き寄せる。
「『夜の牙』の時も、何度も負けたし失敗した。でも、その全てを乗り越えて来たぜ。今回もそうだ。魔王ランクが4人?なら、一人は『明けの明星』に任せて、もう一人はとりあえず俺たち『黒いメンフクロウ』だ。あとの二人を誰が対応するかは、まあおいおい考えよう」
「か……、勝てますかね?」
しゃくりあげながら、アリアン嬢が言う。俺は笑いながら答えた。
「もちろん勝つさ。黒いメンフクロウは、死んだとしても炎の中から甦る」
「それ、不死鳥じゃないですか」
泣き笑いで言う少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「この悔しさが、俺たちを支えてくれる。強くなるぞアリアン嬢。二度と『黒いメンフクロウ』が、誰かを救えない、なんてことがないように」
遠くに、飛空艇の影がうっすらと見えてきた。
苦い敗北を抱え、歩いていく。
明日は通常通り14時過ぎての投稿となります。




