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轟音を立てて、山剣族が地面に倒れ伏す。1匹だけであれば、俺たちの敵ではない、ということに気が付いて、自分でもちょっとびっくりした。
「助かったわ……ありがとう」
座ったままでヴィクトリアがいう。先ほどうつろな目をして歩き、今は同じく座っているのがトビアス・ベックとジン・ローゼンバウムだった。彼女に抱えられているのはチコ・ラクサニ。だが、彼女の胸には大きく抉られた穴が開いており、そこから大量に流れ出した血が固まり、黒くなっていた。
「あの……そちらの方は……」
言いづらそうに、アリアン嬢が口にする。ヴィクトリアが、かすれた声で笑った。顔も体も土で汚れ、綺麗な亜麻色の髪は、埃なのだろうか、その艶を失っていた。
「わかってる……こうなったら、もうジンのスキルでもどうにもならない……」
チコ・ラクサニは、すでに絶命していた。
目が閉じられているのは、ヴィクトリアがそうしたのだろうか。他のメンバーと同じように汚れてはいたが、表情は大分穏やかで、まるで眠っているようだった。
ジン・ローゼンバウムのスキルは回復だが、『戦闘不能』でないメンバーしか回復できない。そして、戦闘不能を回復できる『明けの明星』のファイ・プレストであっても、『死亡』したメンバーを復活させることはできない。死は終わりなのだ。全ての。
「でも、だからって、あんなとこに一人で置いていけなかった……。今まで2年も、一緒に戦ってきたんだから……。ちゃんと、ゆっくり眠れるところに……」
そこまで言って、ヴィクトリアの目から涙があふれてきた。張りつめていたものが切れたのだろう。無理もない。
だが、ここでこのまま嘆いていては、彼女たち3人も危ない。つらいだろうが、せっかくここまで逃げてきたのだ。何がなんでも生き延びてもらいたい。
「あんな……あいつら……急に現れて……。あっという間だった。昨日までは出てこないようなランクの魔物で……どうにもできなかった」
「ヴィクトリアさん。皆さんも。しっかりしてください。我々は負けました。逃げ延びなければなりません。しっかりと、自分たちの足で歩いてください」
強い口調で告げる。のろのろと、3人が顔を上げた。ヴィクトリアの手に、ポーションとハイポーションを押し付けた。
「早く飛空艇まで逃げてください。ここも、もうすぐ撤退になります。どういう状況かはわかりませんが、『明けの明星』が依頼に失敗した今、もはやマイセキ古戦場に安全な場所はありません。ここは俺たちがなんとかします。早く!」
俺が言うと、まるでゾンビのように立ち上がり、のたのたと歩いていく。
「……彼ら、無事に帰れるでしょうか」
「飛空艇まで20キロあるからな。まあどうにもならなくなったら、できる範囲でサポートしてやろう」
「あんなことした人たちなのに、ずいぶん優しいんですね?」
「あの手の連中はな、ほっとくとこっちの寝覚めが悪くなるのさ」
「そんなものですかね」
「……あんな居心地の悪い気分は、味わう機会がないならその方がいいよ」
そんなもんですかね、とアリアン嬢が一人ごちた。
『奇跡の泉』が去った後、Aランクのパーティー『女神の前髪』が落ち延びてきた。手持ちのハイポーションを飲ませ、元気づけた後送り出す。
その後は人の気配も魔物の気配もない。6時の方向も、今のところは大丈夫そうだった。
早く引き上げたいという焦燥感と、まだ誰かが来るかもしれないという願いに近い感情がせめぎあう。だが、今の俺が一番大切にすべき存在はアリアン嬢だ。彼女だけは、何がなんでも生きて返さねば。
「……引き上げよう。これ以上は待てない。狼煙を上げて、戦闘態勢を維持しながらゆっくりと引き上げる。『奇跡の泉』のような連中がいれば、基本的には助ける」
「了解です」
そう答えて、アリアン嬢が狼煙に火を付けた。茶色の煙が上がっていく。
カバンを身に着け、武器を構えたまま撤退を開始した。四方に注意を配りながら、ゆっくりと後退。幸いなことに、現れる魔物は一匹で出てくることが多かった。逆に、逃げてくる冒険者の気配はない。
日はいまだ高い。
かすかな物音にもいちいち大げさに反応しなければならないため、神経の消耗が激しかった。俺もアリアン嬢も、全身汗にまみれながらゆっくりと後ずさる。
途中で『奇跡の泉』が力尽きていやしないかと心配していたが、出会うことはなかった。あの後、ヴィクトリアあたりが気力を取り戻したのだろうか。今まで格上の魔物と戦っても生き残ってきた、知略に優れた彼女のことだ。うまくトビアスとジンを焚きつけたのかもしれない。
3時と砦跡の間から、オレンジ色の煙が上がった。あそこはAランクパーティー『竜生軍』が担当していたはずだ。帝国では死霊の王を倒したことで一躍有名になった彼らでも対抗しきれない敵があそこにいるのだ。一体何が起こっているのか。
脳が灼き切れそうだ。
半ばぼんやりとした頭で、俺は今回の依頼に『夜の牙』が参加していなくて良かったと考えていた。Aランクがこれだけ敗れる依頼だ。あいつらでも苦戦は必至だろう。
今は離れたとはいえ、元パーティーメンバーが『奇跡の泉』のチコのようになったらと思うとぞっとする。
そういえば、ダニたちは元気にしているだろうか。スタールは新しいメンバーに対しても、あの気持ちの悪いツンデレなのだろうか。エカテリーナは相変わらずドライなのか。
そして、新しいメンバー。
どんな感じなんだろう。新生『夜の牙』は。
うまくやっていてほしい。そして伝えたい。俺もうまくやっているぞと。
そこまで考えて、意識が現実に戻ってきた。いかん。緊張感にやられている。
慌ててアリアン嬢を振り返ると、先ほどまでの俺もこうだったのだろう、焦点のあわない瞳をしながら、それでも『悪夢の毒毒モンスター』をしっかりと握りしめ歩いている。
「アリアン嬢。少し休憩しよう」
「……」
「アリアン嬢!」
「……はい! あれ、クリスさん。さっきまでこちらに」
「そんなとこに俺はいない。とりあえず水でも飲んで少し休憩しよう」
カバンに入っている岩山虎の素材の下から、水袋を取り出して口をつける。冷たいわけではないが、のどを潤すことによって、幾分冷静さを取り戻すことができた。
彼女はカバンを探そうとしているが、うまく取り出すことができないようだった。持っていた俺の水袋を差し出す。
「これは……?」
「俺の水袋」
「見ればわかります」
「いや、取り出すのに苦労してるみたいだから。飲む?」
「は、はぁ!?」
驚くアリアン嬢。いや先刻してくれたことの逆なんだけど。あれかな。おっさんから勧めるのは気持ち悪いのかな。
「すまんすまん。そりゃ嫌だよな。悪かっ」
「飲みますよ!」
ひったくるように水袋をとると、がぶがぶと飲み始めた。よっぽど喉が渇いていたのだろう。
飲み終わって、少し恥ずかしくなったのか、一息つくと、喉が乾いてたんです、と真っ赤になってうつむいた。大丈夫。わかってるよ。
こんな小さな体で、初めての修羅場で、おそらく精神的な負担は俺の何倍もあったろう。気づけなかったのは明らかに俺のミスだ。
彼女の頭に手を置くと、その髪をゆっくりと撫でた。
「もう一息だ。苦しいだろうけど、頑張ってくれ」
「……はい」
明日の更新は18時以降となる見込みです。
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