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 赤の狼煙。

 それは、俺たちがサポートしている今回の主役、『明けの明星ウェヌス・ゲネトリクス』が失敗したことを意味していた。

 どういう状況での失敗なのかはわからない。全滅したのか、単に撤退を選択しただけなのか。だが、いずれにせよ依頼は果たせなかったことになる。敗れたのだ。伝説のパーティーをもってしても。

 心臓が早鐘を打つ。

 俺たちが今いる場所は、『明けの明星』が戦っている砦跡を時計の中心とし、帰還用の飛空艇の場所を6時とした場合、およそ7時の位置だ。もしもこのまま撤退戦となるのであれば、戻ってくる他のパーティと協力して、退路を確保しなければならない。


「クリスさん! オレンジの狼煙が!」


 悲鳴のようなアリアン嬢の声。12時、11時、1時、2時の、砦奥の方からオレンジ色の狼煙が一斉に上がっていた。くそ、どうなってやがる。


「退路は確保しなきゃいけない。いけないんだが、俺たちのところも、Aランクの連中もしくじるような強敵がくる可能性がある。戦闘と撤退の両方を考えて準備しよう」

「いざとなったら、狼煙だけあげて逃げましょう」


 赤、オレンジの煙だけでなく、今や9時や3時の方向からも、違う色の煙が上がっていた。Bランク、Cランクのパーティーも、次々と撤退しているらしい。

 まったく無事なのは、俺たちと6時の方向にいるパーティーくらいだった。6時の方向を統括しているのはAランクパーティー『実に醜い鳥(ヨダカ)』である。退路が絶たれてしまえば全員の命が危なくなるため、ここに強力なメンバーを置くのは必須と言えた。


「さて、そうこう言ってるうちに来たな」


 のそりと、Bランクの魔物『山剣族(ドリル・マンドリル)』が現れた。一匹に続いて、3匹が姿を見せる。なるほど確かに、これではCランクパーティーはひとたまりもないだろう。


「まだツイてるな。Aランクパーティーが撤退した相手が出てこなくて良かった」

「そんなの出てきたら、狼煙に火をつける間もなく撤退ですよ」


 そうはいっても、Bランクの魔物は1体でも脅威だ。4体まとめて相手をするのは初めての経験である。アリアン嬢を見て、この子は生きて帰したい、そう思うと


「また私だけを逃がそうなんて思ってもダメですからね。クリスさんそういうとこあるから」


 見透かされていた。苦笑いしながら応える。


「どうしても、君を生かして帰したいんだが。やばくなったら逃げてくれ。頼むから」

「じゃあ、やばくならないようにすればいいじゃないですか。頑張ってください」


 そう、いたずらっぽくこちらを見ていう彼女の瞳に、絶望感はかけらもない。それを持ていると、不思議とこちらも「何とかやれるのではないか」という気になってくる。


「それじゃ、張り切っていきますか。『組織暴力(アーリマン)!』」

「砕けて散らせ!『火樹銀華(ハナビ)』!!」


 俺のスキルで強化された彼女のスキルが、しこたま山剣族を打ち据え、そのまま地面へと縫いつける。『悪夢の毒毒モンスターファイナルデッドポイズン』の追加効果が発動し、運が下げられた2体がそのまま絶命した。

 『火樹銀華』の効果で、運が下がっていたのだろう。スキル説明では10%と表記があるが、実際の発動率はもっと高い。

 そして、即死に至らなかった2体も、『猛毒』のステータスが付与される。


 『素手喧嘩(ステゴロ)』で、残り2体のうち1体に攻撃すると、速度減少が発動した。アリアン嬢が『刀山剣木(ツリーインフェルノ)』で追撃する。

 敵が複数いる場合、まずは一匹を集中して対応しようと、二人で決めていた。山剣族が脇腹を深く抉られ悶絶するが、まだ絶命には至らない。

 

 ピンピンしている一体が拘束を解き、こちらに向かって爪を振りかぶる。受け止めきれず、腕を斬りつけられた。自分の攻撃力が下がってしまったのがわかる。

 もう一体は行動速度の減少が発動しているため、まだ拘束が解けていない。


 未だ自由になっていないその魔物に対し、思い切り拳をぶち込む。だがやはり、俺の力ではトドメを刺すに至らない。舌打ちしながら距離を取る。同時に、拘束が解ける。

 だが山剣族が自由を謳歌できたのは一瞬だった。背後から振りかぶった黒い長槍斧(ハルバード)は、紫色の筋だけが残光のように煌めき、脳天から哀れな魔物の頭を両断する。


 大邪蛇(ピュトン)に比べ、同じBランクでもそこまで体力はないようだ。こればかりは運だが、本当に助かった。大邪蛇が4匹出てきていたら、どうあがいても撤退の選択肢しかなかったろう。毒が効いてくれたのも良かった。


 山剣族のラスト一体が、その場でおかしな踊りを踊り始めた。見る者の感情を逆撫でするようなダンスだ。とにかく腹が立つ。生かしてはおけない。なるほどこれが挑発か、と頭の片隅で思ったが、しかし俺の怒髪が天を衝く。


「クリスさん!落ち着いてください!」


 アリアン嬢が何か言っている。落ち着いてだって? 何を馬鹿なことを。俺はいつだって冷静だぜ。その証拠に頭の中では実にクールに、いかにしてこいつをバラすかってことを考えている。まずはこの後速度を奪い、『組織暴力』と『火樹銀華』でええいもう面倒くさい今すぐ殺ってやるぜこの野郎!


「オラアアアアア!食らえぇぇぇぇぇぇ!」


 力いっぱい横っ面を殴りつけ、少しだけ怒りが収まる。だが俺の拳は、『組織暴力』がまだ効いている状態でも大したダメージにはならなかったようだ。殴られて横を向いたまま、山剣族がにやりと笑う。


「もう! 勘弁してくださいよ! すぐ怒る男の人って最低ですよね!」


 アリアン嬢が『悪夢の毒毒モンスター』で山剣族を斬りつけた。肩口を深く裂いた一撃で、魔物の左腕が力なく垂れ下がる。

 反撃は、しかし左腕に力が入っていないせいで、大したダメージを俺に与えることはなかった。

 

「アリアン嬢! 俺は落ち着いてる! もう大丈夫だ!」

「良かった! もうあんな挑発に乗らないでくださいよ!」

「おら死ねええええ!」

「ダメすぎる!」


 思い切り振りぬいた拳は、しかし山剣族の腹筋に止められてしまう。「狙い通り」といった表情。そこで、ようやく俺の頭が冷える。俺は何を熱くなっていたのだか。この手のやつは、しっかりと息の根を止めるに限る。


「アリアン嬢! 『火樹銀華』は行けるか⁉」

「ようやく脳みそ取り戻したんですか? いつでも行けますよ!」

「頼む!」

「砕けて! 散らせッ! 『火樹銀華』!!」


 しなる枝が、山剣族を叩きのめし、地面に縛り付ける。物いいたげな魔物の表情を見下ろし、『組織暴力』を発動させた。

 アリアン嬢が『刀山剣木』を発動し。

 そして、初めてのBランク4体との戦いは、俺たちの勝利で終わった。


「……素材を剥ぐ時間は、なさそうですね」

「ああ。でもこれ、シャレにならないやつだな」


 狼煙の数は、今やほぼすべての戦闘地点からあがっていた。特に俺たちより砦寄りのブロックは、ほぼ全部上がっているのではないだろうか。

 それに、誰も帰ってこない。8時や9時、10時の方向にいる連中は、生き残っていればここを通るはずなのだが。

 ポーションをがぶ飲みし、荷物を確認する。今回はハイポーションも何本か入っている。あと一、二度は、逃げながらでも戦えるだろう。


「もう撤退の準備をしよう。狼煙の準備をしておいてくれ。あと15分待って誰も来なければ、俺たちも狼煙を上げて撤退する」

「わかりました。『実に醜い鳥』さん達が撤退する前じゃないと、帰れなくなりそうですからね」


 そういった瞬間、ガジャリ、と砂を踏みしめる音がする。

 二人で、反射的に武器を構えた。また魔物かと思ったが、現れたのはボロボロに傷ついた4人の男女だった。二人は自力で歩けているが、足取りがおぼつかない。三人目は自分では歩けず、最後の一人の肩で運ばれていた。肩で運んでいる冒険者が、こちらを見て叫んだ。


「助けて! お願い! 前線はもうだめ! みんなやられてしまって!」

「……ヴィクトリアさん?」

「……アリアン・ブラック?」


 顔を見合わせる。逃げてきたのは、飛空艇の中で俺たちに絡んできたCランクパーティー『奇跡の泉(ルール・ファウンテン)』の面々だった。


 その後ろから、山剣族が現れた。右手の爪が血にまみれている。

 俺とアリアン嬢は、武器を構えなおすと、『奇跡の泉』の面々を庇うように立った。

 

「……一匹か」

「……逃げるくらいの時間は稼げそうですね」


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