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「そういやさ、アリアン嬢は、どうして冒険者になろうと思ったの?」
魔神の使徒を倒すため、マイセキ古戦場に『|明けの明星《討伐とヌス・ゲネトリクス》』が参戦。そのサポートとして周囲の魔物を掃討して二日目。
今日も、昨日と同じ場所で俺たちは戦っていた。岩山虎を屠り、その素材を剥いだ後、ポーションを飲みながら一息つく。
日が高いため、かなり熱い。少女は、ポーションではなく水の入った革袋を取り出していた。
「冒険者になった理由ですか? 大した理由じゃないですよ」
そういうと、水袋に口をつける。ぷはっと小さな息を吐いて続けた。
「お金です。ウチ、チサナ村っていう本当に田舎の村なんですけど。姉弟3人いるんですよ私の他に。で、田舎ですから結婚も早くって。村の長の家の次男が私を気に入ってくれてたんですけど」
「いいじゃん」
「私が気に入らなかったんですよね」
「あー……」
まだ、次の魔物は出てこない。日差しを避けるように岩陰に腰を下ろし、アリアン嬢が少し遠い目をする。
「で、そんな時村出身のDランク冒険者が里帰りしてきまして。『あ、冒険者って羽振りいいんだ』って思ったんですよね。それで、とりあえず帝都に出ました」
「それでギルドにいたのね」
「行ってみたら、パーティー組まなきゃ依頼も受けられないって言われてどうしようと思いましたけど。掲示板見て途方に暮れてました」
そう言って微笑んだ。俺も彼女の隣に腰を下ろす。
少し驚いたようにこちらを見たが、すぐにちょっとだけ腰をずらしてくれる。
肩が触れるほどの距離。アリアン嬢の髪が風に揺れる。ほんのりと甘い匂いがした。
「俺も一緒に冒険してくれるメンバーを探してたからちょうど良かったよ。帝都で活動を始めたばっかりだったからなあ」
「普通、年端も行かない女の子なんかパーティーに入れてくれないですよね。クリスさんがロのつくコンプレックスの持ち主で助かりました」
「ちがーう」
「でも全然手を出して来ないですよね」
「みんな誤解してるみたいだけど、俺は至ってノーマルだからね」
「やっぱりあれですか、イエスロリータ、ノータッチ?」
「君はもう少し人の話を聞こう」
ころころと笑う少女。こうしていると、猛毒の武器を振り回し、数多の魔物を屠っている凄腕の冒険者とはとても思えない。
「まあ真面目な話、私このパーティーに入れて良かったと思ってますよ」
こちらを向き、真剣な表情で話し出す。先ほどまでのあどけない雰囲気が、一気に大人びたものに変わるのに驚いてしまった。
「例えば掲示板前で途方に暮れてたあの日に戻れたとしても、もう一度『黒いメンフクロウ』に入ると思います。そのくらい、私は今、現状に満足してるんです」
「アリアン嬢……」
「『45歳Eランク』とか、危ないとこでしたしね……」
「知らないって怖いよな……」
そこまで言って、お互いに噴き出してしまう。アリアン嬢が、空を見上げながら言った。
「クリスさんは」
「ん?」
「クリスさんは、なんでSランクを目指すんですか?その、『夜の牙』を辞めて、それでも帝都に来て」
そこまで話して、言い方が悪いと思ったのか、すみません、と小さく付け足しうつむいた。
なんでSランクを目指すのか、か。
その一言で、いろいろなことが思い出された。ダニと冒険者を目指し、スタールやエカテリーナと出会い、力不足を実感し。パーティーをやめて帝都に流れ着いて。
「……正直言うとさ、こっちで『黒いメンフクロウ』を立ち上げた時、もうSランクを目指すつもりはなかったんだ。Dランクとか、可能であればCランクとかのところをうろうろして、ちょっとだけいい生活をして、たまに美味しいものを食べて」
アリアン嬢が、目を丸くしてこちらを見ている。小さくため息をつき、言葉を紡いだ。
「驚いた? でも本当の話だよ。『夜の牙』ってのは、俺にとってそれだけ特別だったんだ。そこを辞めることになって、ダニとの約束はあったけども、俺はもう、上を目指す気力なんか残ってなかったんだ」
「クリスさん……」
「それを変えてくれたのは、アリアン嬢、君だよ」
先ほどよりももっと丸くなった蜂蜜色の瞳は、いまやこぼれんばかりになっていた。俺は小さく笑みを漏らす。
「君に初めて会ったとき、『君ならスター間違いなし!』って言ったの、覚えてる?」
「勿論ですよ。めっちゃ怪しかったですもん」
「君のスキルが見えた時、何の計算もなく、純粋にそう思ったんだ。俺が見た中で、疑いなく最高だった。この子が仲間になってくれたら、本気でSランクを目指せるんじゃないかって、そう考えちゃったんだよね」
「それであんなに付きまとってきたんですね」
「言い方よ」
「冗談ですよ。でも、私は嬉しかったです。必要としてもらえて。それに、思ったより優しかったし」
変態でもなかったですしね、と言って笑う。綺麗な白い歯が見えた。
「だから、クリスさんのSランクって目標、実現できるように頑張りましょうよ。私、お手伝いしますから」
「ありがとう」
「Sランクだと、すっごいお金持ちになれるんですよね」
「そっちかい」
日は相変わらず高い。遠くから、金属がぶつかり合う甲高い音が聞こえてきた。ここだけ静かな空気が流れている。
喉が渇いたので、水を飲もうとカバンを漁るが、岩山虎の素材が邪魔をしてなかなか取り出せない。
見かねたアリアン嬢が、自分の水をこちらに差し出してくる。女の子って、こういうの嫌がるんじゃないの? だってほら、俺って、他人の、しかも彼女から見たらおっさんじゃん。飲んでいいものかどうか迷っていると、半眼で少女がいう。
「……早く飲んでくれませんか? 持ってるのも意外と重いんで」
「い、いいのかい……?」
「なんでそんな変質者みたいな言い方するんですか。いいから早く飲んでください」
受け取った水を、しずしずと口に運ぶ。怒っているのだろうか、アリアン嬢はそっぽを向いたままだ。冷たい感触が、喉を滑り落ちていく。
「……静かだな」
「まったく次の魔物が出てこなくなりましたね。もう、魔神の使徒とやらは討伐されたんでしょうか」
「それにしては、黄色の狼煙が上がってないからなあ。まだ戦ってるんだと思うが……」
立ち上がり、両腕を高く突き上げて伸ばす。背筋も一緒に伸びている感じが心地よい。そのまま、身体を左右に振る。アリアン嬢も同じように立ち上がり、隣で背筋を伸ばす。
「他のパーティーも、特にピンチになっているようには見えないですね。このまま、何事もなく終わるといいんですけど」
魔物の討伐に失敗、敗走した場合は、各パーティーに割り当てられた狼煙を上げる手筈になっている。狼煙はパーティーのランクごとに色が異なり、どのランクのパーティーがどこで敗れ、誰がヘルプに行けばいいかがわかるようになっていた。例えば、Aランクパーティーが敗走した場合は、オレンジ色の狼煙が上がる。
そう、ちょうど今、この荒涼とした大地の向こうに見えているような……。
「アリアン嬢!あれ、Aランクが負けたのか⁉」
俺の声に、アリアン嬢が弾かれたように空を見る。そして叫んだ。
「クリスさん! 違います! あれ、オレンジじゃありません! 赤です!」
彼女の声は、今やもう悲鳴のようになっていた。
「Sランクが! 『明けの明星』が敗れました!」




