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マイセキ古戦場は、帝国が保護しているチラト公国という国の領土だ。200年ほど前に帝国の植民地だった場所が独立したのがその始まり。帝国からは遠く、いくつもの国と海を隔てているため、飛空艇でなければ向かうことができない。
その古戦場のほぼ中央に位置する砦跡に、件の魔神の使徒とやらが出たらしい。
標的がいるとされる砦跡より、20キロほど手前。荒涼とした平原に、俺たち『明けの明星』のサポートパーティーは降り立っていた。今夜はここで、戦いの準備を整える。 また、飛空艇の安全を確保するという意味合いもあった。戦場に直接降り立った飛空艇が破壊されてしまえば、俺たちの帰る足がなくなってしまう。
夜に備えて、あちこちで簡易的なテントが張られていた。俺たちも少し離れたところに場所を決め、テントを設営する準備に入る。
「さっきの人たち、何だったんですかね」
「あー、あの手合いはなあ……結構どこにでもいるんだよ。特に俺たち、はたから見れば大抜擢なわけじゃん? だから、やっかみ半分ってところだろうな」
「殺っちゃえば良かったじゃないですか。私たちでは勝てないような相手だったんですか?」
「いや……多分間違いなく勝ててたと思う。装備も能力も大したことなかったし」
「私、もともとはどこのパーティーも入れてくれないようなミソっかすでしたし、馬鹿にされるのは慣れてるし気になりません……でも」
アリアン嬢がこちらを見る。蜂蜜色の大きな瞳に、強い意志の色が浮かんでいた。
「でも、私は、クリスさんと『黒いメンフクロウ』が馬鹿にされるのは許せません」
俺は微笑むと、少女の頭に手を置く。そのまま、わしゃわしゃと撫でまわした。半分は嬉しくて。半分は照れ隠しで。
「ありがとう。でも、いいんだ」
「良くないですよ!このまま行くと、私はおそらく今夜あたりストレスが限界を突き抜けて彼らのテントに夜襲をかけることになります。そうなってからでは遅いんです」
「理性を持て」
「そうなる前に、その……ほら、慰めるとか、なんか、こう! いろいろあるじゃないですか! そういうのを、早く実行した方がいいと思うんですよね」
「あー、なるほど」
アリアン嬢はキラキラとした目でこちらを見つめている。
彼女の気持ちも尤もだ。何か慰めてやることはできないかと考えていた時、少し先からこちらに近づいてくる人影があった。
「いたいた。さっきはごめんなさいね」
先ほど絡んできた『奇跡の泉』のヴィクトリアだ。額にはうっすら汗をかき、亜麻色の髪が数本張り付いている。実り豊かな胸が呼吸に合わせて大きく上下していた。つい目をとられてしまう。
「……なに見てるんですか。そして、あなたは何しに来たんですか」
アリアン嬢の声が冷たい。
だがヴィクトリアはそんな彼女を意に介さず、俺の方を向いて続けた。
「『黒いメンフクロウ』の、クリス・イングブルムよね?さっきのことを謝りたくって。本当にごめんなさい。彼ら、ちょっと短気なの。あなたがこらえてくれて助かったわ。悪いのはこちらだから。それだけ伝えたくて」
「……! あなたねえ!」
そこで初めて、ヴィクトリアはアリアン嬢に気が付いたらしかった。手をたたき、彼女のほうに向き直る。
「あら、あなたはアリアン・ブラックね? へー、実物は意外とちっちゃいのね。じゃあその背中の得物が、噂の『悪夢の毒毒モンスター』なのね」
「は?なんでそんな……」
「本当に、あの場を収めてくれたクリスには感謝してるの。何しろほら」
問いかけには答えず、俺の方を見て、ニタリと笑う。美人なだけに、凄みの際立つ笑顔だった。
「あのまま戦りあったら、負けてたのはあたしたちだったし、ね」
目を丸くして、アリアン嬢がヴィクトリアを見ている。
俺も同じ表情をしていたと思う。何しろ得体のしれない不気味さがあった。なぜ、自分たちが負けると思ったのか。
状況だけ見れば、CランクとEランク、しかも4対2だ。誰が見ても勝つのはCランクだと思うだろう。そう、俺の『鑑定屋』でもない限り。
だが、彼女のスキル構成に鑑定系のものはなかった。なのに、彼我の実力差を把握できている……。
「あなたに興味が出てきましたよ。もしよければ、少しお話でもどうですか」
「喜んで」
「クリスさん⁉」
設営途中のテントの脇に、携帯型の椅子を引いて、ヴィクトリアを座らせる。優雅な動きで座る彼女の豊饒な果実がゆっくりと弾む。
……いや、これはダメだ。これは抵抗の数値がいくら高くてもダメだ。何とか目を逸らそうとしても、どうしてもチラッとは見てしまう。
「……クリスさん、ガン見しすぎじゃないですか?」
「何言っているんだいアリアン嬢。俺は何も見てない、デカメロンなんか知らないよ」
「何ですかデカメロンって」
「面白いわね、二人とも」ヴィクトリアが、蠱惑的に脚を組み替える。「それで、どんなお話? 鑑定系のスキルを持たない私が、あの状況でなぜ負けると思ったかについて、とか?」
「……⁉ なんで……?」
亜麻色の髪を持つ謎の美女は、ふふっ、と、口元を隠して上品に笑った。
「それとも、Cランクパーティー『奇跡の泉』のメンバー、ヴィクトリア・ノワールから見て、今のあなたたちに足りないものを教えてあげる、というのはどう? こう見えても、結構まじめにアドバイスするわ」
「まずは、最初のほうが聞きたいですね。興味があります」
「そうよね。じゃあまずは自己紹介……」と言いながら、アリアン嬢を見て小さく微笑んだ。「……は必要よね。あなたにはいらないかも知れないけれど、こちらのお嬢ちゃんにはしておかないとだろうし。初めまして。『奇跡の泉』のヴィクトリア・ノワールと言います」
「……『黒いメンフクロウ』の、アリアン・ブラックです」
ヴィクトリアが差し出した手を、しぶしぶといった感じでアリアン嬢が握り返す。
俺に絡んできたパーティーのメンバーというだけで、嫌な気持ちになっているのだろう。その優しさが、ほんのり嬉しい。
「それで、どうして負けるかと思ったか、だけど」
ヴィクトリアが腕を組み、こちらを見ながら言った。
「種を明かせば簡単なことよ。『夜の牙』時代のあなたの『活躍』は聞いてるし。ねえ、今の『夜の牙』がどうなってるか知ってる?前よりも、ずっと依頼達成に時間がかかってるの。Aランクに上がったからだ、って言う人もいるけど、私は違うと思う。あれは、あなたが抜けたからよ。昔にあって、今ないもの。それは?」
手近にあった樽の上に置いてある水筒を手に取り、飲み干すと口元を下で拭う。動きがいちいち官能的だ。目のやり場に困る。
「あなたよね。でもあなたの戦闘力は大したことがなかったはず。つまり、あなたのスキルは十中八九強化関係。依頼達成のスピードからすると、もしかすると弱体化も持っているのかしら。同時にかけられるとしたら、あらあら、すごいわよね」
なんだこの女。
俺の中で、ヴィクトリアに対する警戒感がぐんぐん上がっていく。
スキルではなく、理論だけで、そこまで真実に肉薄してくるというのか。
「それと、Cランクに喧嘩を売られて、買おうとするところ。それも4対2よ? 普通なら謝って逃げてもおかしくないのに、あなたは平然と受けた。あの時、結構時間があったものね。聞いたことはないけど、鑑定系のスキルなら、私たちのステータスやスキルを見ることができてもおかしくないわよね? それで、勝てると判断した、と」
アリアン嬢が俺の右後ろで息を飲むのが分かった。
ダメだアリアン嬢。そいつは肯定の証になってしまう。
ヴィクトリアは口元だけで微笑んだ。
「そちらのお嬢さんの反応からすると、大体あっているみたいね。別に、あなたのスキルを言いふらそうとしてるわけじゃないの。単に、お礼を言いたかっただけ。それにしても、うらやましいわ。4対2で勝てると思えるほど、この子も優秀ってことだものね」
突然話を振られたアリアン嬢が、照れたような怒ったような、何とも言えない表情を浮かべる。ヴィクトリアは椅子から立ち上がると、大きく伸びをした。
「さて、それじゃそろそろ帰るわね。この先も、ずっと二人でやっていくつもりはないんでしょう? どこかで必ず、新しいメンバーが入る。そのとき、あなたたちがどんなメンバーを選ぶのか、どんな風に、のし上がっていくのか、それを楽しみにしてるわ」
手をひらひらと振りながら、謎の美女は去っていく。
彼女がいる限り、あのパーティーはさらに上に昇るだろう。あんな風に物事を考えるなんて、思いもよらなかった。
アドバイスも、もらっておけばよかったな。今度もし、会うことがあったら聞いてみよう。
……そのときに、『奇跡の泉』の他のメンバーが周りにいなければ、だが。




